my HONDA SM 600  カムバック S6
S600のトップ へ 想い出の写真集 へ  レストア写真集 へ
 

平成29年4月24日から同5月7日の間に、(株)ホンダクリオ南海・堺店オ−プン行事に我が愛車に声が掛かりまして参加いたしました。写真右側にある、タワ−形式のショ−ウインドゥ−に飾ってもらい、夜はライトアップされた様は大変綺麗でした。二層目には、新型 NSX も入り道行く人々の視線を浴びていました。
同社とは、S6 の新車当時から浅からぬご縁がありまして、今回の参加の運びとなりました。

 

平成24年9月22日から23日にかけて、長崎県平戸市生月町で開催されました、第10回 Isl'e of 生月 2012 に S6 で参加してきました。
この催しは、生月町の小倉昭子さんを主宰者として、生月島を日本の マン島として全世界から集客して、生月TTレースの開催を夢みて、その働きかけを平成14年から9月23日(クニミツ)を目標に日程調整をして、年1回の開催を続けています。毎回延べ約200台のオートバイと、約50台のビンテージカーが、九州地域を中心に関東を始めとして全国から参加者が集まります。
この大会名誉会長としてかの、高橋国光さんが毎回参加をしてくれ、ファンの皆様に親しく語りかけたり、メインとしては生月島一周ツーリングに、その年に主催者で用意された、オートバイや四輪車に自ら運転して場を盛り上げてくれます。このツーリングは、公道を走りますので、道路標識に従った安全運転です。
写真の左は大勢の参加者を前にトークするクニさんです。右は私のおねだりで、マイ S6 をドライブしていただいた様子です。クニさんは S6 のエンジンスタートを行い、ローギァーから発進してセカンドギァーにシフトアップする際に「素晴しく バランスの良いエンジンに仕上がってますね」と S6 のレストアについての感想を述べていただきました。プロ中のプロレーサーから、しかもホンダエンジンのスペッシャリストからお褒めをいただき、大変嬉しく感激しました。

 
平成24年6月2日 右後輪の固着修理
5月30日に九州ツーリングから帰り、海辺の走行を多くしたので早速下回りを水洗いしました。それが悪かったのか昨日ドライブチェーンの調整をしようとジャッキアップしたところ左後輪はスムースに作業が完了しましたが、右後輪はビクッとも回りません。ジャッキをはずして、車体を押してみても、これまた動きません。右後輪以外の3輪は問題はありませんが、右後輪はチェーンケースが上下に少しばかり動くのみで、全く動こうとはしませんでした。この様な状態でエンジンを掛けて駆動をかけることは最悪であります。
そこで、ブレーキドラムを外すことになるのですが、このような状態では簡単には外れる事はありません。また、S のドラムはアルミ合金のためにハンマーで叩くことは厳禁です。しかし、左下の写真の様なゴムハンマーで叩いては見たが、ビクともしません。
師匠に電話で指示をもらうことにしました。師匠は筑波に出張中。しかし、携帯電話でリヤーハブごと外したらとなり、実行することになりました。しかし、この段では、フライホール抜きを使うにも、アルミのドラムには掛けられず、ホイルボルトは5本なので掛けられず、途方に暮ながら6月1日は、作業を中断しました。
これならば、水洗いした翌日の5月31日に少しでも車を動かしていたら良かったのにと後悔しきりでした。洗車して、約2kmを走行して帰ってそのままにしておいたので、ブレーキシューとドラムが錆び付いたのですね。
40年前には、ホイルシリンダーのピストンが錆び付いてブレーキを踏んだ際に出放しになり、シューを焼いたり、また、サイドブレーキーのワイヤーに雨水が入って錆び付き、サイドブレーキーの引き放しになった経験はありますが、その時も自分で修理しましたが、今回ほど、頑固に固着した覚えはありませんでした。
して、本日は朝から、写真左下にあるゴムハンマーで、根気よくアルミのドラムに 振動を与えるごとく、まんべんなく叩いきました。数時間でゴトッと手ごたえのある音がして、無事に外すことができました。
中身は、写真右下の様に、特に埃が溜まることも、また、ブレーキシューがふやけることもなく、 ホイルシリンダーのピストンが錆びることもなく、なぜ今回は執拗なまで固着したのか、明確な原因は知ることができませんでしたが、組み込んで 15kmほど試走をいたしましたが、問題はなく一先ずはヤレヤレです。
 
平成24年5月25日〜5月30日 レストア以来、初めてのロングツーリングに行ってきました。
今回は、「Classic Engine FESTIVAL 2012 in 岩下コレクション」という事で、おなじみの石油発動機の運転会が主で、付加としてビンテージバイクの展示、HONDA パネル展に加えて、生ジャズバンドの演奏がありでの、大変にぎやかな催しとなりました。写真右でブルーのつなぎ服姿で発動機の始動を行なっているのが、今回のフィクサーである F岡県の F氏でありますが、氏は S800 左ハンドルのオーナーでありまして、今回の運転会には私に発動機は持参しなくても、レストア済みの S600 で来るようにとのご案内をいただきまして、岩下コレクションのある湯布院まで行って参りました。大阪・南港から別府航路のフェリーに乗りました。
運転会では多くの見物者の方に我が S600 を見ていただきました。その様子を後に小さいですがオールドタイマーに載せていただきました。
由布院で2泊いたしまして、その後は日南の発動機の友、S氏に S600 を見ていただきたく宮崎市へと向かいました。その5月28日は絶好の好天気でありまして、オープンにして走りました。前回 S氏宅を訪問した時よりも、発動機のコレクションも増えて、いろいろと話の尽きることなく、その日は S氏宅でお泊りとなりました。氏のお嬢様は最近 「いつかの君に贈る言葉」(文芸社) ハピラ著 という詩集を発刊されていまして立派な本を頂いてまいりました。S氏は、発動機の外に トヨタ S800 を保有されています。
翌日には、私の HP 掲示板でお馴染みの 日向のミニエンジンさんと日南フェニックスロードでお会いいたしまして、5〜6年ぶりの友好を暖めてきました。写真左はフェニックス道の駅でのワンショットです。
そして、再度宮崎市内へと戻りまして、アマチュア無線の和文電信同好の友3人と初顔合わせをいたしまして、宮崎港からフェリーにて帰阪しました。

当初は、全行程を S600 で走破するつもりでした。高速道路では、巡航時速80〜100キロあたりでは問題なく走れそうですが、一人では夜のパーキングでの安全性などが気になりだしまして、結局は往復ともフェリーを利用しました。まあ、もう少し古びてくればこんな心配もなくなると思います。
大分から宮崎に向かう国道10号線では、燃料計が壊れたのかなと思うほど針が下がりませんでした。考えてみれば4速に入れたままで信号も少なくて、見慣れない風景を見ながらただツーリングを楽しむだけという感じでした。
家を出る時に、ドライブチェーン調整で少し緩め過ぎたのか、チェーンの音が少ししましたが、エンジンを始めとして、電気回りや、ボディー回りにも全く不安はなく、快適な九州ツーリングでした。
九州の友に感謝、感謝です。
 
平成24年5月18日 ラジェーターのオーバーホール完了する。
ラジェーターは一連のレストアの際にオーバーホールを行なうべきであったが、オーバーホールをするとすれば、表面の塗装はもちろん当時のシールを溶解で失ってしまうということで、ラジェーターを使えるだけ使うことにしました。
しかし、最近コアからほんの細かい漏れが生じたために、安心して九州ツーリングに行けるようにコア替えを行ないました。ドレインコックのボルトが固着していたために冷却水を抜き取るのが大変であった。ドレンパイプを先に外して時間をかけて冷却水を抜き、続いてロアーを外して抜き取りました。
普通は、ボンネットを先に外して作業を行なうのが定石らしいが、ボンネットの組み付けは結構難しいので付けたままでラジェーターを外すようにした。
よって、ラジェーターの組み付けにも時間をかけて他に傷をつけないように慎重に作業をおこないました。

写真、上段左はオーバーホールが終了して組み付けを完了したものです。綺麗になっていますが、当時のシールが無いのは寂しいですね。
中段左は、オーバーホール出す前で、3枚のシール記念写真です。
中段右の、Toyo のシールには、製造番号が打たれていましたが、番号は読み取ることはできませんでした。
面白いのは、下段右の「注意」シールです。 その文言は次のとおりです。
■アルミエンヂンですから塩水の使用は厳禁です。 臨海地方の井戸水は特に注意してください。
■夏期はホンダ純正防錆剤を、冬期 0°c 以下では、ホンダ純正不凍液を必ず使用して下さい。  冷却水量 約6L ←(筆記体のエル)  AS
なかなか丁寧な注意書きですね。
 

平成24年5月5日〜6日にかけて、リヤードライブチェンの交換を行いました。
これは、レストア行程では、新車から6万km走行の実績と約40年間の経年はあるけれども、延びも感じられずに状態も良かったので、そのまま使用することにしました。
しかし、デフ鳴りとも違う様な音が気になりだしたので、ドライブチェンの劣化とも、スプロケットの磨耗とも決め付けられなかったが、チェンの横方向の弛みが少し見受けられたので、とりあえずチェンを新品と交換することにしました。これによりまして、減速時のうなり音はかなり解消された様である。

 
平成24年4月29日に開催されました、11th Classic Car Sayamaike Meeting に於きまして my HONDA SM 600 は四輪車参加77台中 「レストア賞」 を頂戴いたしました。
私としましては、自らが手を加えて復元したものではなくて、プロの手に委ねたものなので何か違うような思いではありますが、有難く頂戴しました。
今年で11回目を迎えるこのミーティングには、例年4〜5台の HONDA S の参加がありますが、今年は何故かこの一台のみでありました。数々の国産・外車の中には超高価な車も多数見受けられますが、my S6 を見に来てくださいます人々は、皆さんこの車に乗っていたとか、欲しかったが乗れなかったなど、青春の日々を思い出す一台として、多くの方から賞賛を頂きました。そして、ワンオーナーで保有してきたことに、話の花が咲きまして、ワンオーナーゆえにレストアの付加価値として、取り扱い説明書、標準工具、フロァーマット、ホイルキャップ等の展示も賞賛を頂きましたところです。

写真左上は、参加車の一台一台がステージ上で紹介されます様子。右上は、大阪狭山市長から「レストア賞」の賞状を授与された様子です。中段左は、次々と沢山の観客に来ていただきました様子です。 中段右は、取り扱い説明書や標準工具の展示。下段は、ミーティングの最後に参加車両によります、狭山池堤防をパレードして皆さんに見ていただいた様子です。
 
平成24年4月9日 発電機をオルタネーターから、オリジナルの ACダイナモに戻す。
今回の S6 レストア計画の中で当初から発電機は、オルタネーター(下の写真右側)を搭載することにしていました。それは40年前よりも電力使用の量が多くなっているだろうし、オリジナルの電装では、ヘッドランプが暗いので、必要に応じて全回転域で発電する現在風のオルタネーターにすることにしました。
しかし、実際に使ってみると、このオルタネーターにはラジェーター冷却用のファンがないので、別に電動ファンを付ける必要がありました。当面は水温計を見ながら手動で電動ファンのスイッチをいれていましたが、この電動ファンが極めて小さい消費電力の物を付けたのではありますが意外と消費量が多くてオルタネーターが頑張るのです。
エンジンのアイドリングを、1200回転ぐらいに設定しておくと、冬場はしのげたのですが、春を迎えた3月の暖かい日では、交通信号の抜けるのに2〜3回を待つと、ファンのスイッチをオンの連続になります。当然アイドリングは、500〜600回転に下がるためにエンスト寸前になります。よって常にアクセルペダルに足を乗せておかなければなりません。いろいろとアイドルアップの方法も考えたのですが、根本的な問題として S600 のエンジンでは、1000回転から1500回転域では、一番不得意とする回転域であることに違いありません。
よって、オリジナルの AC ダイナモを電装屋さんに依頼してオーバーホールをしてもらい、写真左下のように元の姿としました。この場合、ダイナモの先端にファンが付いているので、電動ファンの操作をする手間がありません。
この回路にあります、ボルテージレギュレーターでは、1500回転よりも上にならなければ、アンメーターはプラス側に振りません。つまり非力な低速回転域を守っているのです、トータルコーディネーションの問題ですね。
知人の S800 では、オルタネーターの先にファンが付いているを見ました。
 

 

復元起点としました、オドメーターの60,620kmから、3ヶ月目に当たる本日丁度1,000kmを走りました。
エンジンの朝の始動は、寒い季節でありますが調子よくて、カブリを起こしたのは1回だけです。一度エンジンを掛けたら、その日は機嫌よく何の心配もなく掛かります。しかし、古い車に乗るというのは、いつもエンジンが掛かるかどうかと心配なものでして、今時のハイブリッド車とは全く次元が違いますね。
燃費は、いわゆる無鉛のハイオクガソリンを使用して、10から11km/Lぐらいの様です。今はぜぜい5,000回転止りでの乗り方でありますので、もっと回したら、燃費も下がることと思います。
平均して1週間に2回ぐらいは乗っているのですが、寒い季節でもあって近くを走るだけで距離はさっぱり伸びません。
まぁ、これからはもう少し乗る機会も距離も増えると思います。    平成24年3月14日

 
平成24年2月5日 S6 を手にしてから初めてのエンジンオイル交換を行いました。写真の左下はオイルパンとオイルエレメント穴から流れ出る様子です。オイル交換は組み立ててからエンジンを掛けた時に最初の交換をして、100kmで2回目を、そしてエンジンの慣らしを500kmして3回目をしましたので、今回で4度目の交換となります。慣らしは他の車体に搭載して行っていますので、このサイトで述べています走行距離とは一致しません。オイルパンからオイルを排出する際に、写真の通りシャーシに飛び散って零れるのは、昔からの困りものです。シャーシの塗装は新車当時の色を再現しています。黒色ではなかったのです。
 
早いもので、今日平成24年1月13日で再登録の日から1ケ月が過ぎました。この一月で 491 km走りましたが、インプレッションとしましては、まず軽快さを感じます。しかし、これには40年も前のことを覚えていて比較できる訳はありませんので、あくまでも自分の思い込みとの比較であります。幾分の気筒容積と、それによる圧縮比の向上がありますが、とにかく軽く走るのは嬉しいことです。
反面、この40年間に何台か乗り継いだ車と比べたら、ブレーキの甘さには驚きます。現在の車では、ブレーキは踏むのではなくて、触る感じですが、S6 はまちがいなく「踏む」感覚で踏まなければ止まりません。もちろんブレーキ関連は全て新品かそれ相当品です。
それにしても、久しぶりにアクセルワークとクラッチの切断を、これまた昔のようにスムースには出来ませんが、乗るたびにあれこれと自分なりに慣熟を楽しんでいます。
 
平成23年12月13日陸運事務所で、希望登録番号「600」を受けて一連の自動車登録手続きを終えました。
まつ消登録日は、昭和46年7月30日であるので実に40年ぶりにナンバープレートが付いたことになります。
写真は番号標識交付棟の前ですが、手続き中に次々と人が寄って来ては、いろいろと言葉を掛けてくれました。過去に S に乗っていたとか、当時欲しい一台であったとかで、一人の方は現在も四国の実家で保有中とのことでした。場所柄いずれも自動車関係の人々でしたが、我が S6 のレストアが見事であると、お褒めをいただき大変嬉しく思いました。
今日、Y's さんから受け取った時点でのオドメーターは、60,620kmを指していましたので、これを復元起点としていきます。
 
平成23年11月20日に、鈴鹿サーキットにおいて、2011AHSM32th が開催されました。我が S6 はレストア中ではありますが、ほぼ完成に近づいていて、走行は OK であるということで、前日の19日に一時納車をしていただき行事に参加しました。行事が終了の後は再び最後の仕上げのために工場へと戻しました。
完成域での S6 との対面は初めてで、出来上がりが余りにも素晴しく、外観からは46年前の新車購入時と同じ感動がこみ揚げてきました。
サーキットランでは、エンジン、車体と自分自身の運転慣らしとして、7000 回転止まりでまったりと流しました。インプレとしましては、頭で覚えていたよりもレスポンスもよく、軽い感じをうけました。ストレートでは、7000 回転で 120km/h となりましたが進行性はすこぶる良く、軽くステアリングから手を放しても、何の不安もなく、外観とともに最高の出来具合であると思いました。
 
   
 
 S600のトップ へ 想い出の写真集 へ   レストア写真集 へ