ちょっと小話コーナーShort Story
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第494話 牛に引かれて善光寺

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 第495話 鳩に三枝の礼あり

令和 3 年 1 月 15


鳩に三枝の礼あり烏に反哺の孝あり

早いもので、正月が過ぎてはや月の半ばとなりました。

今冬は暖冬との長期予報で聞いていましたが豈図らんんや記録的な寒波の到来で寒い日が続いています。

その寒い日でも、 鳩や烏は人間の暮らす場所にとても近いところで元気一杯に生息しています。今回のお題になった鳥たちは人には身近な鳥であり、馴染み深いその鳥を使うことにより、親孝行の身近さを伝えやすいと考えられたのではないかと思います。

このように、受けた恩は返さなければならないと誰でも思うものではあるが、これがなかなか実行することは極めて難しいものであります。思いとは裏腹に「孝行したい時には親は無し」のとおり、親孝行の難しさは、孝行する時期とその内容を先ず考えてしまい、その実行に移ることが出来ないのではないかと考えられます。

多くの者は、親への恩返しを実行する年になってきたと思いつつも、さて何をしたら喜ぶのかと思いを巡らしてばかりで時間ばかり過ぎてしまうのです。

余談ではありますが、親と子が一人の場合は何の思案も有りませんが、普通には二人以上の子がいてそれぞれに付く者が付けば、親孝行と言えども、歳を重ねてからの場合は鳩や烏のようには事が運ばないことが多々起こりえます。

人生では、たかが親孝行と言えども、されどこれほど難しい課題は、そうあるものではありません。したがいまして決して特別な事と捉えずに、裃を脱ぎ捨てて平常心の中で鳩や烏のように、さらっとやってのける事が大事であります。

親孝行とは、何も難しいことをする必要はありません。思い立ったその時に自分なりに出来ることをきっちりとやることが、一番の親孝行ではないでしょうか。


 第494話 牛に引かれて善光寺

令和 3 年 1 月 1


---------新年 あけまして おめでとうございます-----------
-----本年も、「小話コーナー」をよろしくお願いいたします------


牛に引かれて善光寺

「牛に引かれて善光寺参り」は、実際に長野県にある善光寺にまつわる逸話を由来とした諺です。

逸話の内容はと申しますと、むかし信濃の善光寺の近くにすんでいた老婆の所に一頭の牛が現れて、その牛がさらしておいた布を角にひっかけて逃げ出しました。老婆がその牛を追いかけて行くと、牛は善光寺に駆け込みました。老婆は牛に導かれるままにたどり着いたそこが霊場であることを初めて知りま

した。このことから老婆は、以後神仏に対して信心深い人間へと変わり、それからはたびたびお参りして後世を願ったということであります。

今ではこの諺は、人に連れられて思いがけない所に行くこととか、ほかのことで誘われて知らないうちに良き方向へと導かれる事の例えとして使われているようですね。

しかし、本来は逸話の老婆の様に神仏に信仰心を心に抱く導びきであると思います。

さて、牛についてでありますが、今でこそ我が家では犬と猫を飼っていますが、私が小学校に通っていた頃には主に農耕で働くための牛を飼っていました。一時飼っていない期間もありましたが最終的には私が19歳になるまで一緒に暮らしておりました。牛を飼わなくなったのは、その頃にはようやく農耕には

牛に代わって発動機が載った耕運機が使われるようになったからでした。近所では数件の酪農家があり乳牛を飼育されていましたが、この時期には農耕の為の野牛は一斉に姿を消すことになりました。

もともと我が家では、祖父が牛を可愛がっていました。その祖父の影響を受けて私も牛が好きとなりました。人には従順で、あの真っ黒で丸い大きな目は何とも愛らしいのであります。私は夏の間はよく田圃の畔で草刈りをして、籠一杯の草を持ち帰ります。それを見て足ふみをして喜ぶ牛に籠の草を与え続け

たものでした。

昔は家族が揃って食事を摂っていましたが、食後に「あぁ美味かった 牛負けた」 と口癖に言うと祖父が大変怒り、「あぁ馬勝った 牛負けた」となりまして「牛は馬に負けることは何もない」と言い返しました。それを面白がって、また次の日にも同じことを繰り返すのです。こよなく牛を愛した祖父には耳障りな言

葉であったのです。

牛は古い昔から人の良き働きてとして重宝されてきました。今年は丑年、幸多い良い年でありますようにご祈念申し上げます。

 



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