ちょっと小話コーナーShort Story
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第446話 正月やぁ〜♪ 第447話 朱に交われば赤くなる 第448話 二月やぁ〜♪
第449話 梅は百花の魁

第450話

三月やぁ〜♪ 第451話 人事言わば筵敷け

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 第451話 人事言わば筵敷け

平成31年 3 月 15


人事言わば筵敷け (むしろしけ)

人事言わばとは、他人の噂話をすることを指し、しかもその人のことを褒めるのでなくて、その逆の場合のこととされています。

そしてかかる場合には 噂の当人がその場に顔を見せることがよくあるので、噂話をする時はその人を座らせる席を用意するつもりで 話をせよということであります。その用意する席を、つまり筵を敷いて確保しておけと言うことです。

「筵」とは、藁などで編んだ敷物のことで、もとは百姓で刈入れた籾や麦を天日で乾燥するために、庭に敷き詰めて使用する極めて農作業には大事な用具でありました。また他の用途としては、例えば数年に一度ぐらいで旅の芝居一座が神社の庭を借り切って興行する場合には観客を座らす敷物としたり、外から見えない様に遮断する囲いの役目として、筵はいろいろと重宝されたものです。桜の下での花見の席や運動会の観覧席として、座る場所、あるいは会合の席として色々と役に立っていました。

この様に、家の外で人と会合したり、もてなす場には「筵」を用いたものでした。今回のお題では、必ずしも招かざる客であっても、皮肉の意をこめて筵敷けと言い表したものと考えます。

更にこの諺の語源は、「人事言わば目代置け」から変化したものとされています。「目代」は目の代わりをする者、つまり見張り番を置いて人の事を言えとしたものです。

この、ちょっと小話コ−ナ−の第56話 「呼ぶより謗れ」 と類似する諺かと思いますが、一口に言えば、その場に居ない人の悪口を口走れば、言われた人がすぐにその場に現れるということですね。人の悪口は程々に・・・・・。


 第450話 三月やぁ〜♪

平成31年 3 月 1


三月や〜あ〜 さあさおいでと前ひろげ 前ひろげ ぐっと抱しめ 乳のみ児

突然ですが、三月と言えばやっぱり大相撲春場所・大阪場所ですね。この時期に難波へ行きますとお相撲さんの鬢づけの香りと出会い、春が来たなと感じることができます。

平成27年からはエディオンアリーナ大阪と呼ばれるようになりました、大阪府立体育館には、朝の早くから風呂敷にふんどしを包んで手に持った若い相撲取りが、南海電車や地下鉄に乗って集まってきます。

大阪府立体育館での大体の時間は、午前8時には開場されます。土俵では「前相撲」 「序ノ口」 「幕下取組」 「十両取組」 「幕内取組」の順に日程が進み、最後に結びの一番に勝った力士に代わって弓取式が行われます。

テレビでよく映ります土俵下で、いわゆる砂被り席で相撲を見ている人は、礼儀として弓取式が終わるまで席を立つことはできません。さらに贔屓力士の名を叫んだり、勝っても赤裸々に手を叩いて喜ぶ事も慎まなければなりません。

大相撲とは、ほんの一例を上げても見る方の観戦者にも厳格な態度を求められているものなのです。いま最強の横綱といわれてはいますが、何かと身の振る舞いに問題ありと指摘される力士も、いくら数字の記録が突出して強くても、相撲ファンの心を逆なぜする態度を取る横綱を容認することはできません。

さて、私は相撲を見に行く時は序ノ口辺りから見れるように早い時間から行くようにしています。土俵の照明も初めはそんなに明るくもなく、取り組みは仕切り時間なく、どんどん進んで参ります。配られる取り組み表に将来名を馳せると思われる力士の名前には、大きなマル印を付けておきます。思い出に残る若い力士としては、後に小結まで出世した「旭鷲山」という力士の強さが目にとまりました。モンゴル力士の草分け的な存在であった様に思います。それにしても現在相撲よりも他の事で名を馳せている当時の「貴花田」は別格に強かったことは言うまでもありませんでした。

お相撲のお話ばかりになりますが、先の初場所で現役を引退した「豪風」について少し述べさせていただきます。

もともと私は大相撲が好きでしたが、更に濃く相撲ファンの道に導いてくださる方がおられまして、私を大阪市から大和川を渡った堺市で「尾車部屋」の宿舎と稽古場がありまして、そこへ朝稽古を見に連れて行ってくれました。すぐに間近に見る元琴風の「尾車親方」にすっかり惚れ込んでファンとなりました。朝の早くから稽古を見せてもらい、午前10時頃からは部屋の力士が作ってくれる、ちゃんこ料理をいただきました。まず親方と見に来た客に部屋の力士達が全員で給仕をしてくれます。相撲界でも美味しくて有名な尾車部屋のちゃんこを頂きます。ビ−ルも頂きますし、大変有難い時間を過ごさせてもらいました。何度かは親方の隣に座らせて頂きいろいろとお話を聞くこともできました。

初めの頃には、尾車部屋にはいわゆる関取と言われる力士が無く幕下の 富風、錦風、舞風他10人ぐらいの力士がおられました。春場所の本番が始まる1週間程まえの日曜日の夜は、堺のホテルに、300〜400人ぐらいの支援者を集めて「尾車部屋春場所激励会」が開催されます。そこで親方の挨拶は参加者の期待を受けて、「1日も早く幕内力士を部屋から出るように尽力いたします」、との決意を述べておられました。一つの相撲部屋から、幕内力士を出すということは大変なことなのです。

そしてついに、平成14年に本名が成田青年が尾車部屋に入門となります。四股名を本名の成田として幕下15枚目格付出で初土俵を踏むことになりました。経歴としては、中央大学出身で 大学4年生の時に全国学生相撲選手権大会で優勝して学生横綱を獲得という輝かしい跡を残しています。

私は当時には写真に凝っていましたので、部屋のマネ−ジャ−さんに頼んで稽古中の写真を撮らさせてもらいました。春場所で大阪入りした成田さんの姿も沢山撮ることができました。

私の記録や記憶は曖昧ですが、成田はわずか数場所で、 新十両に昇進したかと思います。この時に四股名を「豪風」となりました。これは師匠の尾車親方が命名したもので、親方の四股名の琴風から、弟子には「風」の字が入ります。

豪風としては、 最高位は西関脇まで出世しました。そして本年初場所では東十両十二枚目でしたが、9日目で1勝8敗と負け越しが決まり、幕下への陥落が見込まれたことで、現役引退を表明しました。そして、年寄・押尾川の襲名が承認されました。

尾車部屋としては、豪風に続いて、大西さんこと、「嘉風」がいて、どちらかと言えばよく似たタイプの双璧で大変長らく楽しませてもらいましたが、これからは嘉風の頑張りに応援したいと思います。

なお、先述の尾車部屋への私の直接の応援は、大阪に於ける谷町の変更により遠ざかることとなりました。

梅も桜ももちろんいいものです、しかし私には難波の町に春の香りが広がるこの時期が最も好きであります。


 第449話 梅は百花の魁

平成31年 2 月 15


梅は百花の魁(さきがけ)

時期が二月となりまして、今は大阪の地でも梅の花が見られます。♪梅の小枝に鶯が 春が来たよと 歌います ホ−ホ−ホケキョ ホ−ホ−ホケキョ ♪ しかし、鶯が歌うのはもう少し後のことと思います。

そして、日本で古くは花と言えば「梅」とされていますが、文学にも風流にも縁なく生きて来た者にとれば、花は 「桜」とイメ−ジしますが、皆さまはいかがなものでしようか。

とは言うものの、 その年のどの花よりも早く咲くのが梅であるということはご承知のことですね。そこから人が誰よりも先んじて、優れた人物が輩出する時に先陣をなす者の例えとして「先駆け」と言い現わされています。

先駆けは、ほかの者に先んじて馬で敵中に攻め入ることがもとの意味であり、同意味の「魁」には、かしら、その道を初めて開いた人、優れているという意味も含めて魁の字を使ったといわれています。このように春を迎えて、いの一番に咲く梅を「梅は百花の魁」と称えられたのですね。

「魁」と言えば思い出すのが、もう4年前になりますがNHK連続テレビ小説「あさが来た」の中で、「ファースト・ペンギン」という面白い言葉が登場しました。昔からあった言葉かも知れませんが、テレビを見ていて大変感動したことを今でも覚えています。それは我が国に於ける初の女性実業家である物語の主人公「あさ」を指して五代友厚が語った称号でありました。

我が国の幕末から明治での時代背景としましては、女性が実業家としてイニシアティブを取るなんて到底考えられなかった時にまさしく、人々の先頭で大胆不敵に立ち回る主人公「あさ」を知った五代が、洋行で得た知識の中から、ファースト・ペンギンとイメ−ジが一致したのでしょうね。

ファーストペンギンとは、集団で行動するペンギンの群れの中から、天敵がいるかもしれない海へ、魚を求めて最初に氷の海に飛びこむ1羽のペンギンのことから、その“勇敢なペンギン”のように、リスクを恐れず初めてのことに挑戦するベンチャー精神の持ち主を、米国では敬意を込めて「ファーストペンギン」と呼ばれるようになりました。

これは何事に於いても最初にリスクを冒して先駆する者がいなければ、ペンギンとすれば群れの生活は成り立たないのであるからこそ、ベンチャーの世界では、危険に挑む者が尊敬されるということになっています。

お話を元に戻せば、まだ寒さで草木もじっとしている厳しい時期に、梅は数々の花に先んじて開花して人を和ますことから、百花の魁と称えてきたのですね。


 第448話 二月やぁ〜♪

平成31年 2 月 1


二月や〜あ〜 逃げる娘をつかまえて つかまえて 無理矢理させるは 拭き掃除

逃げる娘をつかまえて (^^♪ ではありませんが、 昔から 二月は逃げる と言われてきましたが、さて何を語っているのでしょうか。

思い当たる最大の原因は、二月はうるう年もありますが1か月の日数が2〜3日少ないことです。この日数が結構早く次の月へ替わると感じます。 正月という日本人には特別な月が終わったばかりと思っていると、節分が過ぎればもう三月が間近に迫り、二月は格別早く通り過ぎるように誰でも思うことです。

また、北半球に過ごす我ら日本人に取れば1年の内でも、最も気温の冷え込む時期でもあり日々の生活が家の中で、じっーと春が来るのを待っているという、行動力にも乏しくて何かをしなければならないと思いとは裏腹に、炬燵の中で菓子でも食べながら、ややもすれば罪悪感にも似た気分で過ごすというのが2月という日々であります。

新聞では、この2月だけ派手に取り上げられて、秋になれば優勝という活字と全く縁のないプロ野球チ−ムが、今年はほんまに強いで、この分なら A クラスどころか優勝も十分と書き立てます。プロ野球もこの2月だけですべてが終了するならば、G とか T は喜ぶことでしょうね。

まぁ2月という月は、正月が過ぎて気候としても一番寒くて人が行動するにも身が固くちぢこまりまして時だけが淡々と流れる状況にあります。

そして、やがて迎える3月にはあれこれとやらなければならないという焦燥感だけで過ごしてしまう時期となり、総じて後に思い起しても何も印象に残ることのない所からくる時柄を総称して、 二月は逃げる とされたのではないかと思います。


 第447話 朱に交われば赤くなる

平成31年 1 月 15


1年中でも寒さの一段と厳しいこの折に、人が生きて行く上で何度か巡り合う、いわゆる人生の岐路で人はどう舵を切ってきたのかと、またどうするべきであるのかと少し考えて見ました。

今回は、朱にふれると赤くなるように、人も交わる友によって影響をうけ善にも悪にも感化されるというものです。

誰でも生きて行く上では、自分以外の多くの人と交わりながら生活を送ることになります。その生活基盤に於いて交わったり単に出会ったりする過程で得る友達が、己にとって良い友達を持つことが大切であるという意味を説いた言葉です。

そしてその出会い等の一時点では、なかなか自分の行く末にどう影響を及ぼすかは図り知ることが出来ないのが普通かと考えます。

さて、今回のお題を進めるに当たっては、もう一つの諺としましてよく耳にする、 水は低きに流れ人は易きに流れる、という言葉があります。これは水は低いほうに流れるごとく、人は安易な方を選び勝であるということです。言えばちょっと難しいなとか、嫌やことだなと思った時には、分かっていてもつい楽な方を選んでしまいます。

例えばの話として、図書館へ勉強をしに行こうと誘う友と、若者のハ−トを掴んで羨望の的であるア−ティストのライブを聞きに行こうと誘う友があれば、特段の状況がなければライブへと足を向けることになると思います。ライブに行った切っ掛けで末には大ア−ティストへと昇り詰める場合もあり、何もライブ行きを否定するものではありませんが、易きに流れる例えとしました。

これが数時間の出来事であったとしても、いざ 人生の最大の岐路であったらどうであろうかと、最も大事な青春での出会いではどうするべきか、また自分はどうしてきたかと思い起せば、自分の中では大変な選択の岐路であったと思います。

普通に考えれば、良い友を選ぶことの大切さと、最適な環境に身を置くことの重要さを求められていたことにになります。 朱に交われば赤くなるというように良い友達を選ぶことが、大事なことであります。

もっとストレ−トには、 朱に交われば赤くなるとは、家庭・社会・学校・職場等の良し悪しに関係なく、どのような情勢でも言えることで、悪い人と関われば悪くなり、良い人と関われば良くなると言う事であります。



 第446話 正月やぁ〜♪

平成31年 1 月 1


---------新年 あけまして おめでとうございます-----------
-----本年も、「小話コーナー」をよろしくお願いいたします------

正月や〜あ〜 正気で母さんさせたがる させたがる 娘もしたがる カルタとり

カルタは、日本語ではなくてポルトガル語なんですね。日本では類似する遊び道具としては花札のように「札」と言い現わされます。でも「札」と言えば遊び道具てはなくて、プロの方々が鎬をけずる命がけの道具となります。

さて、優しく「カルタ」のお話といたしましては、 日本の昔話が描かれているようなものであれば、小さい子供さんにも関心をもってもらえてその上に、大人からも改めて懐かしい昔話を思い出し、昔話からの教訓をカルタから学ぶことができます。

また、少し格式ばったお話としまして、小倉百人一首というのがあります。これは藤原定家が選んだ100人の歌人の和歌を集めたものであります。この中から何首覚えたかなど友達と自慢ごっこをしたものです。まだこれを理解したり、覚えられない頃には、百人一首を使って坊主めくりを楽しみました。カルタは外にもババ抜き、神経衰弱等いろいろと工夫次第で友達同士の集まった折とか普段は家族で楽しむことができますので、大抵どこの家にも一そろえはあったものです。

しかし、最近のカルタにはスマ−トフォンや、他の電子機器の遊具に負けじと、読み上げアプリが対応しているものや、読み上げCDが付属している物も存在いたします。これらなら読み上げする人がいなくても、読む順番もランダムに変わるらしく緊張感を持って遊べます。子供さんとお母さんの二人きりでもカルタができますし、アプリやCD付きのカルタがあれば、時も場所も自由に便利に楽しむことができます。極端には一人でもその気なら遊ぶことが可能です。

まあ、しかしカルタは昔からのお正月の定番の遊びでもあります。現在では世には溢れるばかりの遊びがあります。されど家族の中であったとしても、ワイワイガヤガヤと喋りながら意思疎通を図るには、カルタ遊びは最適かと思われます。私の昔の思い出ですが、お正月が過ぎて1日1日と日が過ぎても、あと今日だけと鳴きを入れながら家族で遊んだことがあります。

お題のように、娘の年になってもカルタとりの遊びは一家団欒の礎であったかのように思われます。お父さんやお母さんと一緒に何かができることが子供にとっても喜びます。ぜひご家族揃って遊んでいただければよいと思います。

 


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