ちょっと小話コーナーShort Story
ご感想やご意見は、掲示板で待っています。

第398話 明日の事は 第399話 千里も一里 第400話 鼠の嫁入り
第401話 猫馬鹿坊主

第402話

言い勝功名 第403話 櫻は七日
第404話 日日是好日 第405話 四面楚歌 第406話 鯉の滝登り
第407話 下手の真ん中 第408話 猫が顔を洗うと雨 第409話 腕一本脛一本
第410話 一つ余って 第411話 立寄らば大樹の陰 第412話 負うた子に
第413話 せいては 第414話 コロンブスの卵 第415話 出雲の神より
第416話 十人十色 第417話 昨日の友は今日の敵 第418話 渋柿の長持ち
第419話 ホ−クスを想う Ver 9 第420話 水入らず 第421話 命長ければ恥多し
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 第421話 命長ければ恥多し

平成29年 12 月 13


つい先日に、いつもの様に短波帯を使って九州のアマチュア無線家とモ−ルス符号を使った和文での会話をしていました。 「師走となりました、また一つ大きくなりますね」 との話が発展しまして 「命長ければ恥多し」 と会話が進みました。

相手の方の年齢は、私よりも3つばかり上で既に後期高齢者の域に達しておられるようであります。まあ無線に関する技術の話が主である交信も、使ってきた無線機やアンテナについての話からして年齢がばれて、同年代と分かると時には体調や病気の話へと広がることもあります。

一般的には会話とは、顔を突き合わせているか電話器を使って行われているかであり、満員電車の中や人混みでもなければ当事者以外には聞かれることはあまり無いものと考えられます。その点はアマチュア無線のように電波を介しての会話は、その気になれば誰でも聞くことは可能です。法的にも聞くことは何ら問題がある訳でもなくただ聞いた話の、その存在若しくは内容を人に漏らしたり窃用しない限りは法に触れることはありません。

だとしても余り乖離した内容を平気で打電していますと、アマチュア業務からの遺脱や、公的秩序により当局からお咎めがあるかもしれません。歳を取って己の恥さらしをほざいているくらいならストライクの範疇でしょう。

さて、 命長ければ恥多し とはどこから生まれてきた言葉なのかと調べてみれば次の通りであるらしい。

それは古い中国のお話でありまして、 尭(ぎょう)という偉い方がおられた。尭が地方に行った折に地方の役人が、尭の寿命と富と男子がたくさん生まれる様に祈ろうと申し出ましたが、尭は辞退したとのことでした。

役人にしてみればこの三つの願いは、誰でも手に入れたがるのに、なぜ辞退されるのかと聞いたら、尭は「男子が多ければ心配が多く、富めば事多く、命長ければ恥多く、この三つは徳を養うゆえんのものではない」といったとの故事から出てきたものであった。

これは、男子がたくさん生まれれば、やがて兵として働かなければならず心配が多いし。富とは金持ちになることで、それが故に物事に何かと忙しくなる。そしては、短命の者はぼろが見えないから惜しがられるが、長生きをすると恥をかくことも多く、早死にしていればこんなことはなかったのにと悔やむことにもたびたびぶつかると考えられるというものである。

しかし、長生きすると、それだけ恥を晒すことが多いというとこで、 長生きしてはいけないとは言及しているものではありません。

:現在は我が国の平均寿命の値はどんどん長くなりつつあります。また、人は加齢とともに尊厳とか、いわゆる見栄ばかりが邪魔をして人の社会で暮らしていくことが下手くそになるのが普通です。歳を重ねれば、事の大小にもよりますが、人よりも秀でるにはそれ相応のリスクとして上手に恥をさらすことの覚悟が必要であると考えます。


 第420話 水入らず

平成29年 12 月 1


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先日、ある京都の酒造会社に見学しに行って参りました。

案内人さんに連れられて我々30名ほどが、清酒の製造工程を興味深く見させていただきました。

見学の最終コ−ナ−には、この会社の歴史を綴る種々の展示品が並べられていました。そして、上の写真にあります盃洗台の前で 「所で皆さまは、みずいらず という言葉を御存知でしょうか」 と語られました。私は咄嗟に、「家族水入らず」 を連想しました。しかし案内人さんはさすがに酒造会社の方でありまして、古く武士の世である頃の酒の席での作法とされていたことから生まれた語であると言われました。

つまり、日本の文化として酒の席では杯を交わすという作法が昔から行われてきました。これには 「献杯 (けんぱい)」と「お流れちょうだい」という二つの場合がありまして、 「献杯」は目下から目上の人に対し自分が飲んだ盃を差し出すことをいい、また「お流れちょうだい」はこの逆で、目下が目上に盃を要求することを言います。

いずれにしても、他人が口をつけた盃で酒を飲むという習慣になります。そこでなかには非衛生とか、今一心が進まない御仁のために、その習慣に「盃洗」という作法が加わったようであります。 これは、自分が口をつけた盃をそのまま相手に差し出すのは無礼にあたるので、盃を水で洗うというものです。

しかし、その様な場合においても、受け取る方は「いや、そのままでいい」というのが礼儀でそれによって親愛の情を表そうとしたわけです。

このように「水で洗わない」、つまり「水入らず」の方がより親愛が深まるという意味から、 「夫婦水入らず」とか「家族水入らず」という言葉になっていったとされています。

まぁ、「水入らず」か「水要らず」なのか、字で表せば微妙に違いもありますが、他にも水が入り込む隙間もないくらいの親密さを表しているとの説もあるようですが、現在では広辞苑によれば「みずいらず (水入らず) 」で掲載されています。 どの説にしても、 「水が入らないほど、仲が良いこと」という事ですね。

今回、写真の盃洗器を見て気がつきましたが、もう20年くらい前に、少し張り込んで料亭に行った折に、盃洗器がお膳の傍に備えられていて仲居さんにフィンガ-ボウルと似ていて盃を洗うものです、飲まないようにと教えられたことを思い出していました。

私は今でも年に何回かは酒を飲む機会もありますが、何処の席でも盃を交わすという習慣はすっかり忘れられています。エイズという語が世に出回ったことに反比例して、世の隅に追いやられたような気がしきす。


 第419話 ホ−クスを想う Ver 9

平成29年 11 月 15


阿修羅とは、仏教では天竜八部衆の一として仏法の守護神とされていた。  

3対2と、1点ビハインドの9回の表にホ−クスのピッチャ−は岩崎に代わって、サファテがマウンドに上がりました。ホ−クスは直前の8回裏に1点を返して、それによって今日はまだまだ行けるという機運がベンチに充満してきました。サファテは9回表をなんなく三者凡退に打ち取り、その裏 DeNA は山崎康をつぎ込んで逃げに入ったが、しかしここでキャプテン内川のソロホ−ムランが出て、土壇場で試合を振り出しに戻しました。その後10回はどちらも譲らずで回は11回へと突入。そのマウンドには阿修羅の如きのサファテが仁王立しているではありませんか。サファテの登板では回またぎは見たこともありますが3イニングも続けての投球はホ−クスナインもファンも見たことがありません。今年の夏にサファテが投手起用を巡って物を申した事件は、誰の胸にも忘れることが出来ない事でした。しかしそれがあってからはチ−ムの結束が更に固くなり、それ以後は楽天に代わってパリ−グの覇者への道をまっしぐらに進むことになったのです。おそらく3イニングの連投は、サファテのこの1年の「けじめ」のマウンドであったのではなかろうかと、テレビに映る志願して投球を続ける守護神に拍手を送り続けました。

11回はDeNA は1本のヒットは出たものの無得点で、その裏にホ−クスは運よくゲッツ−を免れてツ−アウトでランナ−が1・2塁という絶好の場面となり、そこで川島の歓喜のサヨナラヒットが出て、今年のプロ野球日程がすべて終幕となりました。

3イニングを鬼の形相で守り切ったサファテをテレビの画面で見ながら、昭和39年の日本シリ−ズで阪神と戦いホ−クスを日本一に押し上げた、ジョ−・スタンカの雄姿を思い出さずにいられなかった。このシリ−ズには、第1戦完投勝利、第6戦完投勝利、そして続く第7戦も完投勝利してシリ−ズの MVP に輝いた。 今から53年前の出来事であるが、私は6戦、7戦とも甲子園のアルプススタンドでスタンカに声援を送り続けた日のことを頭でだぶらせながら観戦していた。

時代と共に、プロ野球の質も上がり今では完投投手が翌日もまたマウンドに上がり、そして完投勝利を収めるなんて考えられません。兎に角今回のサファテの業績は、南海ホ−クスと鶴岡監督の為に戦い抜いたスタンカと重なり、ホ−クス魂そのものを見た気がしました。


 第418話 渋柿の長持ち

平成29年 11 月 1


これから暫くの間には、柿の木の高い所に真っ赤な一つの柿が残っている風景に出会うことがあります。詩や歌の題材に取り上げられたりしてなかなか風情のあるものです。

ご存知でしょうが、柿には甘柿と渋柿があります。甘柿は木で少し色づいたら食べることができます、もっとも木で熟して落ちるほど赤くなる前に収穫されることになります。

一方、木で赤く熟す柿は大抵渋柿であります。渋柿の需要はと申しますと、正月用の串柿がありますが、渋を抜いて食べる合わせ柿とか菓子に加工されるぐらいで、そう多くはありません。

甘柿は木で熟したらつぶれやすく、すぐに落ちてしまいます。しかし、渋柿は渋くて固いのでそのままでは食べられませんので、子供達にも取られることなく長く木に残っています。やがて渋柿も木で熟して甘く真っ赤になります。それを待っているのが鳥達で寄って掛かって、鈴なりの柿の実を突いて、美味しく食べてしまいます。この熟柿には種もなく、皮も手ですぐに剥くことができますので、年寄りの好物とされています。渋柿は大抵数多くの実をつけますが、何故か鳥も一つだけ残すのをよく見かけます。鳥達にも人と相通じるお慈悲の心があるのでしょうか。

これらのことから渋柿の長持ちとは、渋い柿とて欠点必ずしも悪いと限らず、悲しむにはあたらないとか、他にも悪人がかえつて長く身を守るという例えとされています。さらには、 何の取り柄のない人が、長生きすることの例えともされています。

渋柿とは少し外れますが、「しぶとい」と言う言葉があります。意味としましては、粘り強いや強情であるとか、片意地であるとされています。また、困難に負けずに頑張るがあります。しぶ、という二文字が共通するだけでありますが、この二つの言葉には何か共鳴する気迫を感じます。

私はこれからの人生を、渋柿としぶといの二つから、その良いところを取り出しながら、生きて行けたらと思っています。


 第417話 昨日の友は今日の敵

平成29年 10 月 15


「昨日の友は今日の敵」とは、 人の心や考えは常に変化していて、当てにならないものだということであります。 昨日まで親しくしてきた友が、一晩で敵になってしまったという意味です。

今回のお題をそのまま、目の当たりにする出来事が繰り広げられています。

来週の日曜日が投票となる、衆議院議員総選挙にあたり、先月から俄かに M 党代表選びの騒ぎが落ち着く暇もなく、市場の事も世界の運動会の事も放り出して、みどり色した仕掛者が現れました。みるみるうちに周辺では猿山の縄張り争いを真似した、キャキャと噛合うかと思えば、木や岩肌を走り回る大騒ぎが始まりました。

猿山状況新聞によれば、この騒ぎに暇を持て余している他山の2〜3のボス猿が、騒ぎを助長しているようである。この暇猿を蚊帳の外で見た更に他山の暇のないボス猿が、「私なんかボスをやっていると、めちゃくちゃ忙しい。暇を持て余している2〜3の者には余裕があるんやな。それは余裕なのうて、本来しなければならないことをほったらかしにしとるんとちがうか。」 と言ったとか。みどり色したのや、2〜3のボス猿は人間社会では、知事というらしい。いくら法律的には問題がないとしても、己が本来なすべきことは何なのかをわきまえてもらいたい。

そこを指摘すれば、自らが筆と算盤をもって先頭に立っている者は、本当の仕事人としての技量がなく、自らが旗を振らないといけない事情があるからだと、逆に指摘したボスが能無しと烙印を押されてしまいます。従って要領が良くて自分には大した施策と思慮や能力はないけれど、無責任に部下や他人に仕事を押し付けることだけは上手くできるというのが、2〜3の者で、その範疇で暮らす民は不幸の極みと言わなければなりません。

まぁこんなこで、俄か仕込みの三極対決と恰好を付けて突入した戦いも、結局は筋の通った組織を構築できずにいた、M 党の責任は重い。まさしく、みどり色した仕掛人の出現で昨日の友は今日の敵として骨肉の戦いが起きています。

思えば M 党はちょっと前までは、主義主張の異なる幾つもの政治団体が、仕掛人によって無理やり引っ付いて、餓鬼も人数で政権をとったが、その政権下での散々たる失政は今もなお尾をひいている。しかし今よく国民が考えなければならないのは、そう何年も前でもない時代に何かの風が吹いたとかで敵どうしの集まりの団体を選挙で勝たして政権を任せたことにありました。票を取った方も悪いけれども、本当はその者達に投票した国民がアホとしか思われません。

また、その時に負けたG 党も政権を失っている間には、谷垣さんに厳しく吹く嵐をじつと持ちこたえさせて、やがて政権を取り戻したら谷垣さんに花を持たさなかった仕打ちは、私としては納得の出来ることではありませんでした。その谷垣さんが趣味の自転車で怪我をされて、今回は出馬されないのは残念としか言いようのないことです。

こうして考えて見れば、日本の政治を司っている面々には、 昨日の友は今日の敵どころか、昨日も今日も無く、もっと短時間のうちに敵も友も入れ替わる、何の節操もない自己中心の闇世界に思えて仕方がありません。


 第416話 十人十色

平成29年 10 月 1



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暦が「十月」となりまして、「十」に因んだお題を思い浮かべてみましたら、「十人十色」がありました。 

これは、 人は誰でもその姿や人格が異なるように一人一人が、好き嫌いも考え方もちがっているということです。

昨今、世の中ではこの 十人十色が自由のはき違いされて、個々は自由勝手としてどんどん規律のない社会構造へと向かっていることを憂慮するものであります。例えば何かの組織にあっても意思の統一を図ることが必要な場合に置いても、はみだし者が場を壊してしまい、それを纏めることの出来ない主宰者が自分の力の無さを棚に上げて、その場を 十人十色と引き下がって意見集約をしてしまい、末代まで遺恨を残す事がよくあります。

十人十色と勝手気ままな者を野放しにすることがあってはなりません。

肩の凝るお話はさておいて、猫のお話を少し。

今年の4月末に、野良猫夫婦が4匹の生まれたての子猫を引き連れて我が家に寄留してきました。私は、その筋に差し出して殺処分にしてしまうことだけは避けたいと考えました。

それで動物診療所に相談して、6月中旬に捕獲籠を使用して捕まえて、まず親猫の避妊、去勢手術を行いました。この頃には子猫に仮の名前として、A、B、C、D と名付けをしました。D 以外は模様が良く似ていまして、耳の色とか、背中の色合いで、どうにか区別をしていました。

その後7月には A と B の2匹 が捕獲籠にかかり、共に雄であり去勢手術を受けました。この2匹には各種の予防注射や健康診断も受けて、里親探しの候補としてネットによる周知も開始しました。それからは他の猫たちとは隔離して大型犬用の籠に入れて世話を開始しました。

思えば 隔離して籠に入れて世話を開始したその夜、A は脱走しました。籠が大型犬用で編み目が粗すぎたのです。脱走に気づいた時には B は脱走もせずにじっと残っていました。それで携帯用のバスケットに移して家の中におきましたが、B は不安と恐怖で朝まで鳴き通しでした。可哀想で抱いてやりたかったが、まだ野良環境しか知らない子猫には、到底人間を受け入れることは出来ませんでした。

翌朝、目の細かい金網で補修して B を広い籠に移してやりました。その日の昼頃に A がひょっこりと姿を現しました。その時から、現在まで A と B は何時も二人の生活が始まりました。

さて、隔離して飼い始めるなり脱走した、 A は籠の中でも行動力はすさまじく、いつも籠の隅々まで見て回っては脱走する隙間探しに没頭していました。一方 B はおとなしく、金網の隙間から差し入れた私の指を舐め始めて親近感を感じるようになりました。こちらといたしましても夜通し鳴き叫んだことの可愛さから、何とか大事にしてやろうという思いがありました。


少し遅れて D を捕獲しました、D は女の子猫で避妊手術を行いました。D は母猫ビッタリの子なので籠には入れずに親猫と一緒に外で暮らすようにしていました。

父猫は、去勢手術の後は、大体1週間に1度くらいのペ−スで見回りに来るぐらいで、子猫の飼育は母猫任せの無責任なものでした。聞けば野良猫社会ではこれが普通らしく、私はず-っと犬派でいつも犬を飼っていましたので、猫のことは全く知らずに、今回のようにまさか猫の世話をすることになるとは夢にも思いませんでした。

しかし、ある日突然に残る C と D を連れて、母猫が家出をしてしまいました。これ以来この3匹とは顔を合わせたことは未だにありません。

その後、約5か月が経った今日、A と B には、とうとう里親のオファ−もなく体も大きく育ちましたので、住家の籠も狭小となりまして扉を取り払い籠から解放してやりました。晴れて自由の身を得て庭中を走り回っています。名前も「A太郎」と「B乃介」と命名してやりました。

毎朝夕の世話時には、B乃介が飛んできて私の足元にまといつきます。それを抱き上げて頭を撫ぜていたら、 A太郎が必ず足元に来て抱いてくれとせがみます。このことは二人に差を付けてはよくないので、いつしか同時に抱き上げるようにしましたが、だんだん体も成長して重たくなりました。

いま餌は A太郎はキャットフ−ドを好み、B乃介は、きびなごという小魚の干し物ばかりを食べています。兄弟でじゃれ合うプロレスもどきの動きは激しさが増してきました。その勝負は五分五分といったところです。また離れたところにいる子猫を、「おいで」 と声を掛けて来るのは B乃介で、 A太郎は知らぬ顔です。

最近、庭の中では見当たらずに、数時間外出するのは  A太郎の方が多いようです。

このように 十人十色のごとく、たった二人の兄弟子猫ですら、二匹二色です。さてこれから長い行く末は、 A太郎と B乃介はどうなることやらです。



 第415話 出雲の神より

平成29年 9 月 15


出雲の神より恵比寿の紙

決して、出雲の神様を愚弄するつもりのない事を先ずもってお断り申します。

時は今、9月15日で旧暦によるところの今月の別名は、長月(ながつき)と申します。そして間もなく次には神無月となります。これは皆さまご存知のとおり、全国から八百万の神々が一年に一度、出雲の地へと集まりまして、神道の活動方針を決めたり研修会をされているのかと思います。

会議の後には一年ぶりの旧知を温めるべく、懇親会もドジョウ掬いやカラオケ大会で盛大に開催されていることでしようね。ということで出雲の地では、この期間は現在も神在月と言われています。

しかし、全ての神様が参加されていたのかと申しますと、そうではなくて今で言う党派や経営系列なんかで出雲へは行かずに村や家に留まり、田の神、家の神となっていた荒神さん等もあり、すべての神様が出雲に参集される訳でもないらしい。

さてその出雲の神様と申しますと、縁結びの神さまで有名あります。大国主命を主祭神に据え、全国各地の神々が集まって人生に関わる諸々を神議りして決めるという神事が行われる由で、そこから 人の縁、さらに男女の縁を結ぶ相談もここでなされるようで、出雲大社が縁結びの総本山と言われています。

今回のお題でありますこの諺は、色恋よりもお金のほうがよいということですが、出雲の神とは縁結びの神様つまり男女の恋愛の導きとして尊ばれてきました。

一方、恵比寿の神は、えべっさんと親しみをもって呼ばれる日本の神で、現在では七福神の一員として福の神として古くから漁業の神でもあり、また商いの神ともされてきた。さらに 恵比寿の紙の恵比寿とは、商売繁盛の神様として誰でもが福をもたらして欲しいと、つまり金持ちになりたいと祈願することから、紙幣の獲得の神を指しています。

この様に神々の庇護のもとに人は安泰に暮らしているのではありますが、「金の切れ目が縁の切れ目」とも言われて人は誰でも、とどのつまりは色恋よりも金のほうが大事ということであり、色恋も金にはかなわないという金言です。

男女万人、恋を知る前に 「 出雲の神より恵比寿の紙」の教えを会得しなければ、恋のスイッチが入らないという人生保護回路を脳味噌に組み込めば、いかがなもんでしようかね。


 第414話 コロンブスの卵

平成29年 9 月 1


アメリカ大陸の発見など誰にでもできると中傷されたコロンブスが、テーブルの卵を一つ取って「それでは、この卵をテーブルの上に立ててみよ」と言ったが、それは誰にも出来なかった。

そこでコロンブスは、卵の尻をテーブルで叩いて潰して立てて見せた。そして、新大陸の発見もこれと同じだ、西へ船を走らせれば誰でも大陸に行き着くかもしれない。けれども何でもないことであっても、それを最初に思いつき実行することが重要なのだと述べたという話から、 「コロンブスの卵」といい、 結果的には簡単なことであっても最初に物事を実行するのは難しいことを証明してみせた逸話として有名である。

誰も思いつかないことを、最初に物事を実行する事が重要なことだということで、人の真似をするのは簡単であるが、一番最初に 何かをしたり考えることは難しいことであることは言うまでもありません。

いま、朝ドラでツィ−ギのミニスカ−トがとりあげられている。昭和42年ごろの社会風刺のできごとであるが、当時を思い出したとしても、男共の目を楽しませることの他には思い当たることはなかった。しかし、後には女性の解放という全世界にミニスカ−トと共に女性地位の向上という大きな転機となったことは、誰にでも認められるところであります。

このことでは、私はこの年の第14回東京モーターショーでトヨタの2000GTのモデルをツィ−ギが行い、その2000GTはモーターショー終了後に彼女へプレゼントされ、英国に持ち帰りました。このビッグな話題は今でも忘れない出来事でした。

戦後強くなったのは、女性と靴下と言われて、ナイロン靴下の出現ももてはやされました。また、近年には女性労働機会均等法もあり、節々には思い当たる出来事もありますが、もっともポピラ−で後世にインパクトを与えたのが、ミニスカ−トの出現であったと考えます。

蒸気機関や電気それに、コンピュタ−の出現等々のほか、人類が地球以外の惑星に足跡を残す偉業を始めとしまして、コロンブスの大陸発見の時に卵が使われたように、偉業の度に卵が使われたら鶏が卵をいくら産んでくれても、供給が追っつかないでしょうね。

現在、全世界でペットとして飼われている数で代表なものは犬や猫ですが、今後は卵を産む「鶏」が一番になるのではないでしょうか。



 第413話 せいては

平成29年 8 月 15


せいては事を仕損ずる(せいてはことをしそんずる)

この諺を知らない者は、まず居ないと思います。がしかし急がなければならない場に臨んで、冷静になれる者も極少数であろうと考えます。

諺の意味は異なりますが、「ならぬ堪忍、するのが堪忍」と同様で、人にとっては大変重要な諺です。誰でも平時におきましては、心に留めて生きているものですが、火急の事態が発生した場合には先々を奥深く考えて行動ができる程、人間の能力は備わってはいないのが普通と思われます。それ故にこれを守るほど難しい諺も他にはありません。

「せいては」も大別すれば、考える暇のないトラブルが身に掛かった場合と、例えば株の売買のように熟慮を重ねて、挙句の果てにえぇぃとばかり辛抱の関を切ってしまうような場合があります。その他、人の目の前で自分の腕前のいいところを見せようと、早業のごとく仕種を行い、失敗して大恥をかくというのも、よくあることである。

本来この語は、 急がないといけないときでも、決して焦ることなくゆっくりとやることです。急ぎ過ぎれば冷静さを失う上にチェック漏れが発生したりで、 どうしても大失敗をやらかすことが多いものです。そしてその修復に時間がかかり良いことが一つもないと戒めたものです。急いでいる時こそじっくり腰を据えて、手順やプロセスを省くことなく取り組みたいものです。


 第412話 負うた子に

平成29年 8 月 1


負うた子に教えられて浅瀬を渡る

一般的には、これほど難しい諺は他にもそうざらに有るとは思われません。人間誰しも年を重ねるということは、あらゆる事物に勉学を積み、経験則を身に付けて参ります。それにより人間社会での共存の規範を築きます。

いわゆる倫理学の範疇にある考えの中でのことであり、医学や化学分野で新しく開発や発見に基づく進歩は、ここで言わんとする主旨とは懸け離れたところにあることは言うまでもありません。

人が受ける教えは、まず親から、そして兄弟、家族からを経て、学校へと進みます。ここで先生と生徒という繋がりをもちます。そして学校教育の間でも、スポ−ツとか音楽等々数えきれない多くの事を習い、身につけて育ちます。

しかし、人間社会にあっては、必ずしも高い所から低い所に流れる水のようには行かない事象が現在の社会では多すぎるかと思われます。

諺の世界にあっても、古くから用いられていた諺もあるだろうし、最近よくある新語のごとく時代とともに世での認知を得たようなのもあります。今回のお題であります「負うた子に教えられて浅瀬を渡る」を少し想像して見ますと時代背景としましては、まだまだ若年者が年長者に向かってものを申すことなどありえない大昔に、そっと若年者の言うことにも耳を傾けなければならないと、若者が提案したのか、それとも奇特な年長者によって世の改革を先導したのかは定かではないが、上から下への時代に、下からもよい考えや意見を汲み上げる切っ掛けとなる時代ものとも考えられます。

前振りがながくなりましたがこの語は、背中にしょった子に川の浅い所を教えてもらいながら川を渡るということで、異なる目線から物事を見れば当事者よりよく見通しが効き、場合によっては熟達した者よりも経験の浅い者や、年下の者の方がより優れた見解をもつことがあるという教えを表したものであり、
人もふだん相手にしていないような年少者からふとした機会になにかと教えられ、それが大いに役に立つことであります。

今の時代、スマ−トフォンを始め IT 関連の全ての利用には、負うた子に教えられて浅瀬を渡るのが、ごく普通となりました。


 第411話 立寄らば大樹の陰

平成29年 7 月 15


立寄らば大樹の陰は、誰でも心の中では百も承知しているのに、いざ誰かに助けを求める段となった折には、なかなか素直に大樹の方の戸は叩き難いものであります。

その一因としましては、力の強い者にへりくだることになる。つまりごまをすってその傘下に入るこむのと同じと世間の目が気になるのです。

それにしても、 助けを求めるならばいきおいの強い者のほうがよくて、今回のお題のとおり小木の下よりも大木の下の方が安全であることは間違いありません。

同じ諺に、犬になるなら大家の犬になれ、というのがあります。

そこで思い当たるのは、落語の 鴻池の犬です。私はこれが好きで昔から何回とも聞きました、その大筋はと申しますと。

船場は南本町の池田屋の店先で3匹兄弟の犬が捨てられて、奇特な主人と丁稚に拾われて育てられました。

その頃、今橋の鴻池のぼんぼんが可愛がっていた黒犬が急死して、ぼんぼんがえらく落ち込んでいたそうです。

そんなある日のこと鴻池の手代が、折よく池田屋のまえを通りかかり、3匹の犬の長兄である黒犬に目が留まり、その黒犬を池田屋から貰らい受ける話がまとまりました。

大きな家で、ぼんぼんに可愛がられて、何不自由なく育った黒犬は今橋界隈の犬世界でボスとして暮らすようになっていました。そこにかつて池田屋で飼われていた3匹の末弟が悪い仲間に誘われて、あげくのはて落ちぶれて今橋に流れつきました。そこで危ういところを兄の黒犬に助けてもらいます。

人にも、犬にも運・不運はありますが、鯛の浜焼きを漆塗りの器で毎日のように食べている長男犬と、すり鉢で舌を荒らしながら食べていた三男犬でありましたが、 最後には犬の兄弟が幸せな犬生を得るお話しであります。

鴻池の犬では、黒い犬であったがために、大樹の陰に保護された幸運、そして力を付けた優しい兄に保護された末っ子犬のそれぞれが、単に努力する以外の大きな作用によって生きたように、立ち寄らば大樹の陰を旨に生きていれば、果てしない幸運に出会えるかもですね。


 第410話 一つ余って

平成29年 7 月 1


「一つ余って大津へ戻る」

これは、双六遊びからきた語でありまして、江戸から53の宿場を巡る道中双六で京にて上がりとなるはずが、例えば草津で京に向かってサイコロ(采・賽・と書く)を振って、その目が2ならば大津→京となって目出度く上がりとなりますが、3が出たら大津→京→大津へとまた手前の大津へ戻らなければならず京には留まれません。このように目的の京の数より大きめの賽の目を出すことをいいます。

他に類似する語に、過ぎたるは猶及ばざるが如しとしがあります。これは、度を過ぎたことは、少し足りないというのと同じようなもの。ものごとはすべかなずほどほどが大事だということです。

また、分別過ぐれば愚に返るというのもあります。どこでも人が集まれば、理性で物事の善悪や道理を区別して己の考えを声高に通そうとする者があらわれます。もっとも世間での経験や識見などから出る考えや判断から、人々に尊ばれることも多くありますが。

他に、戻るをキ−ワ−ドにすれば、「 逢い戻りは鴨の味」というのがあります。これは双六で目が余ったのではありませんが、 一度別れた男女の仲がよそ眼には思いもよらぬきっかけで、また元の鞘に戻ることで、その仲は前にも増して睦まじくなると言われています。
かかる事例は何例も見聞きしましたが、非常に残念ながら 私としましては、未体験であります。

お話も元に戻りますが、昔を思い出しますと、「振り出しに戻る」とか「一回休み」のように、子供心にも一喜一憂した双六遊びはそれは楽しかったものでした。何人かの仲間で双六に興じてそのル−ルを尊重して、悔しい思いや嬉しい思いを共有して、そこから辛抱や餓鬼どもの輪を育んだと思います。

自分の思いが通らなければ、即簡単に「クリヤ−」とか「リセット」する今の餓鬼共の世界には、和とか思いやりの繊維が張めぐされることは期待が出来そうに思われない。



 第409話 腕一本脛一本

平成29年 6 月 15


腕一本脛一本から連想する我が国の偉大な人物といえば、私は三菱の岩崎弥太郎を思い浮かべますが、いささか時代が古すぎる感じがします。

それよりも、ずっと現在に近い松下幸之助、本田宗一郎や井深大というビッグマンの方が、今回のお題に近い気がいたします。

この語は、人一人がこの世で生きて行くには生身のわが身一つが頼りであり、ほかには頼りになるものが何もないことの例えとされています。そして脛や腕はその表現であり、実質的には思考力を左右する脳、あるいは目や耳そして口も体中の総てが大事でありますが、その表現力からしていかにも体の部位からしても、腕と脛は表現力に説得があると思います。 自分の身一つのほかには頼れるものがないという強い思いを言い現わしています。

また、頼りになるのは地位や財産ではなく、縁故もなく自分のからだ・技量以外に頼りとなるものがないこととして、裸一貫や腕一本等もあります。

世の中というものは、人は調子のよいことを言っているものですが、物事が得にならないことがわかったり、面倒なことになるのではと察すればたちまち知らぬ顔で去って行くものであります。自分が困ったときや、落ちぶれた時には味方になってくれる者はないもので、人を頼ってはならない、頼りになるのはこの腕とこの脛だけである、強く生きて行こうと言う戒めでもあります。

さて、前段で書かせていただいた、超ビッグマンの自叙伝や起業の手引書は、浜の真砂の数より多く世に存在します。また、野望を抱いて目的に向かって邁進する人々は古今東西無数におられるます。というより人の全てがそうであります。

世が求めているマ−ケティングの把握力、それを形にする発想力、製品やサ−ビスを有形なものにする創造力、売るには話す技術とコミュニケーションという具合に、自分の価値を商品やサービスに変えて売っていこうすれば、大別しただけでもこのように、技量と手腕が求められる。

だとすれば、私であれば腕百本脛百本ぐらい持って生まれなければ、人並みのスキルを保持出来なかったように思います。


 第408話 猫が顔を洗うと雨

平成29年 6 月 1


暦は6月となりました。6月と言えばやはり連想される語は「雨」ですね。そこで今回は、猫が顔を洗うと雨についてです。

昔から猫が顔を洗うと雨になると広くいわれていました。顔を洗う仕種はとても可愛いものです。前足(手)をペロリと舌で舐めて、目のあたりから口の先まで顔を洗うが如くの仕種をします。これには何点か訳がありそうで、まず ひとつは、口の周りについた食べ物のニオイや汚れを消して獲物から接近を感づかれないように身を綺麗にすることらしい。それと最も大事なのは、レーダーの役目を果たすヒゲをいつでも綺麗にしてピンと張っておくためであると考えられます。夜行性の猫はヒゲの触覚で暗闇を行動するといわれています。さらにストレス発散の為とも考えられています。

この様に猫のヒゲは触毛といわれ非常によく発達していて、口の回りはもとより、あごのした、ほお、目の上にもあり、それらをひろげると顔をとりまいた大きな円になり、触毛は暗がりを歩いたり物ををさぐったりするのに重要な役目をしているものなのです。これにごみがついていては困るので、それでよく顔をこするのであるらしい。

確かに猫は、湿度にたいしては敏感であるともされていますが、実は天気との関係はそれほど深いものでではなく、猫がよく顔をこするのは触毛についた汚れを取り去るのが第一の理由であるらしい。

話はかわりますが、最近のテレビを見ていますと「猫」の登場番組や、コマ−シャルに写る機会が「犬」に比べて圧倒的に多くなりました。まあこれも世の流れかも知れませんが、以前には紀州のロ−カル線で猫の「タマ駅長」が全国レベルでの大人気を呼んで、空前の猫ブ−ムを呼びました。その後は犬が大流行となり、ソフトバンクの「お父さん」やら、犬が活躍して、今は猫時代となっています。

私は、どちらかと言えば犬派でありまして猫を飼った経験はありません。昔は猫と言えばお婆さんが飼うものとの印象が強かったように思っています。もう70年近くの昔の事ですが、50軒ほどの我らの村に、子供相手にした駄菓子屋で「ニャンコのおばはん」という人が居られました。それはそれは猫を可愛がられて猫と二人で生活をしていました。私達子供連中はそこに行っては、猫の頭を撫でてやるのです。結構大きな猫であったと思いますが、当時は当方が小さいので、今で思えばごく普通の猫であったかもしれません。猫の顎下を撫でてやると何と可愛い声で「ミャ−ン」と甘える姿にほだされたものでした。

しかし、当時は猫は鼠を捕る以外には役に立たず、犬は番犬としての重要な役割を託されていましたが、犬、猫ともに今で言う、愛玩つまりペットとしての捉われ方は一般的にはされて居らずに、飼育数は少なかったかと思います。それでも 「ニャンコのおばはん」とこは間違いなく愛玩としての役割を果たしていたと今でも思います。

先日訪問しました、アマチュア無線の OT (オ−ルドタイマ− = 先輩 ) 宅では、猫を飼われていまして凄く人になつき、始めて顔を見る私にも愛想よくまつわりついてくれて、うん猫もいいね !! と思わせてくれました。


 第407話 下手の真ん中

平成29年 5 月 15


下手の真ん中、上手の縁矢

これは、下手なはずの射手の矢が的の真ん中を命中し、一方上手なはずの射手の矢が真ん中を外して縁に当ててしまったことの意であります。そこから物事には、時として予想に反したことが起ったり、意外な結果になることがあるという例えにされています。

私自身の運、不運をどちらかと言えば、全く運には恵まれない今までの人生でありました。そんな中で大昔、社会人となって職場の先輩に連れられて初めてパチンコに行った時に、人でいえば臍あたりにあった、たしかチュ−リップという穴が開き放しになり、手のひら大の玉箱が2杯分が満杯になりました。いくら分の玉を買ったのか、それが勝っていくらになったのかは覚えてはいません。しかし、その日に負けた不機嫌な先輩に飲み代をおごったことは覚えています。

私は元来勝負事はダメな性分で、パチンコ、競馬や麻雀はル−ルを覚える程度しかやりませんでしたので、下手の真ん中、上手の縁矢には縁遠かったように思います。

仕事では、上手の縁矢が許されない、石橋を叩いて渡る分野が長かったので、あまり思い当たることはありません。

しかし、終活の実行が求められている今、歳の数だけを取ってみれば上手の内に入りますので縁矢ではなく、上手の真ん中となるように日々精進をしなければならないと思います。


 第406話 鯉の滝登り

平成29年 5 月 1


五月の空に、鯉幟が泳ぐ様は何ともいいものですね。現在でも少し郡部の町を車で走りますと、鯉幟が目に入ります。私は鯉幟のある風景を見たら、あの家では男の子ができたんやなぁと思うだけでも心が豊かになります。
端午の節句は、気候は年中でも一番爽やかな良い季節でもありまして、新緑の風に乗って大きく泳ぐ鯉幟は、この上ない気分爽快なものであると言えます。

その鯉幟から連想するのが「鯉の滝登り」という語があります。鯉が滝をさかのぼるということで、その勢いのよさから勇猛果敢な日本男を象徴する文言であります。

がしかし、この言葉も元は、古い中国製で黄河を登ってきた鯉も竜門までくると、あまりの急流に登れなくなるが、もしこれを登るものがあれば竜になると伝えられていたという。

そこから立身出世の関門を「登竜門」と言われるようになりました。もともと鯉は暖かい水の深い所に群れをなしてすむ性質のものでありまして、急流をさか登って滝登りをするようなことはないらしい。

鯉には「鯉の滝登り」、「鯉の一跳ね」、「俎板の鯉」のように、勇ましく潔い褒め言葉が多くあるように、人々には重宝がられてきました。

今では観賞用の鯉が、想像を絶する高値で取引されて、大富豪の庭園で悠々と泳いでいる姿をテレビなどで映し出されることがありますが、鯉は幟に姿をうつして、五月の空に高く泳ぐ姿が一番勇ましいと思います。


 第405話 四面楚歌

平成29年 4 月 15


人が世の中で生きて行くうちには、色々と自分の思いとは乖離して、何か周囲の雑音が耳に触って何事かとよく聞くと、人の為や世の為と起こした行為が周囲に受け入れられずに、反対に批判の声が渦まいている。

それを考え直して修正しては見たものの、さらにその声が増幅して大きくなって、もはやどうすることなくなってしまう。 事の大小はあれ誰でも仕事の上でや、暮らしのなかでこのような経験をされてきたものと思います。

まわりの人々が全部敵や反対者にまわり、味方になって応援してくれる者が一人もいなくなってしまう。このような状況を「 四面楚歌 」といいます。

これは昔の中国で、楚の項羽 (中国、秦末の武将) が漢の高祖の軍にかこまれた時、計略で、四方の漢の軍が楚の国の歌をうたうのを聞いて、 項羽は楚の人がみんな敵方についたと思って、非常に落胆して悲しんだという話からきています。敵に囲まれて孤立し、助けがなく、周囲の者が反対者ばかりで絶体絶命におちいることです。

人は誰でも年と共に、柔和な人格を得てゆくように思われ勝ちですか、実はその真逆でありまして、頑固になり周囲には耳を向けない固体化するのが世の常であります。それでいて世間の批判には反応して、ますます固くなに拍車をかけることになります。

かく申します私も、そろそろ後期高齢者に手が届く様になりまして、今回の 「 四面楚歌 」を考えて、せめて「二面楚歌」か、悪くて「三面楚歌」ぐらいに止めるようにしたいと思います。


 第404話 日日是好日

平成29年 4 月 1


日日是好日(にちにちこれこうにち)

我が国におきましては、4月1日は学校、会社から身近な諸団体に至るまでの多くは門出の日とされています。私は小学校の入学以来、60歳すぎまで4月1日をその節目の日として 過ごしてきました。
まぁ近年におきましては、その60歳というものが65歳へと、さらにそれ以上の年齢へと極めて流動的に変化しています。世の社会構造事情と、人々の健康状況の向上から 生み出されたものですね。また、学業を終えた後の就業によりましては、4月1日には余り縁がなくて、例えば商売人の様に正月を節目として来られた方や、この様な事には全く縁のない生き方をされておられる方々も少なくないと思われます。

そこで私の様な場合には、今回のお題であります日日是好日についてでありますが、1月1日よりも、4月1日において心も新たに肝に銘じる言葉としてふさわしいと思うのであります。

それは、そもそも日日是好日は、その日その日の毎日が良い日だとして、そこから毎日が良い日となるよう努めるべきだと自分自身に鼓舞しているものと解釈されます。そこからさらに進んで、そもそも日々について良し悪しを考え一喜一憂することなく、常に今この時が大切であるいった意味であるとも考えられます。

つまり、学業や就業中の人生におきましては、1年の節目に当たる4月1日に改めて生きている日に感謝することが、大事なことであると考えます。

一方、 日日是好日は、あるがままを良しとして受け入れるのだ、と解釈がなされている節もあります。大空を自由に行き来する雲に乗って、或いは悠然と流れる大河に添って、生きるが如く来る日も来る日も仙人の気になってその日をよき日として感謝しながら暮らすというものです。

いずれにしましても、 日日是好日は精神的に健康であることが絶対的な必要条件ですね。



 第403話 櫻は七日

平成29年 3 月 15


今年もまた、われわれの大阪に桜の季節が訪れてきました。この時期には新聞に桜前線開花情報なるものが掲載されます。それをよく見ていますと開花とか満開は必ずしも、南の九州から順次北海道へと進むものと思いきや、そうでもないらしい。
近年には結構大阪よりも関東方面が早く開花している様に思うのでありますが、どうでしようかね。

さて、「櫻は七日」といわれていますが、はたしてどんなものかと調べてみますと、桜の花の寿命はやはり七日くらいの短い間であるらしい。しかし、桜の花は一度に全部咲きそろうのではなくて、一輪二輪とだんだん咲き進んでいって、ついに全部が咲きそろうものであるが、一つの花の寿命は、莟が開き始めてから散るまで約七日であり、一本のサクラの木についてみると、花が咲き始めてから、その木の花が全部散ってしまうまでの日数は16日くらいとなるらしい。

従いまして、満開の桜の下で弁当を開けている折に、ヒラヒラと舞い散る花弁の風景は、その桜の木の中でも早く咲き始めた花弁が風情を醸し出しているのですね。 そして最も遅咲きの花弁は、艶やかな新緑の新芽の葉っぱに急かされるように散っていくのです。

ここで少々蘊蓄を申し恐縮でありますが、日本人なら桜の綺麗さに心を奪われるのは当たり前のことでありまして、それが故に写真に撮りたいと思います。

しかし、難儀なことに古今東西、桜の写真ほど難しいものはないと、プロ・アマ問わずに言われています。それは目前にしてその大迫力と、また真逆の優しさに心を奪われてしまい、写真の経験を積めば積むほど難しい被写体であるとされています。

誰でも、お花見に出かけた時、あるいは通りすがりに、見事な満開の桜の木に出会えばカメラを桜に向けます。そして、その時には、これはいいのが写せたぞーとワクワクします。さて昔は現像、今は PC に取り込んで見れば、ただ ベタ−とした何の感激も湧かない写真でガッカリしたことはありませんか。

花には普通、茎が有り、葉っぱが有り、また花弁には濃淡、あるいは色彩等がありまして、見せ所が所々方々に存在します。ところが桜はいわゆるピンクの桜色で、一番手前の花弁も、木の天辺でも、木の奥に有っても皆が同色であり、小さい小さい花弁の大集合体です。それ由に遠近感がでないし、花撮りの定石である逆光での透かし撮りは、桜には使えません。かとしても、順光で撮っても白くボケたピントが定まらないで、まるで雲を撮ったような写真となり、現場で見た迫力を描写することが、超難しいものです。

人に見せる作品と、自分の心に残す記念写真とでは視点が違うことは申し上げるまでもありません。しかし、後でガッカリしないようには次の方法はいかがでしょうか。

山の全体を撮るか、または一枝撮るかのどちらかでなければなりません。満開の頃に里へと出かけて桜の木が無数に咲き誇る山全体を撮ってみる。反対に一枝の桜を、真っ青な空をバックに撮ってみる。

満開の下でお花見宴会は、典型的な桜の描写ですが、太い木の幹と下部の枝を一部入れてよしとし、宴会の楽しさを主として桜の木全体を入れない。

スキップをする子供と桜の古木や、川に浮かぶ桜の花弁。あるいは風に吹かれて庭の隅に集まる桜の花弁等、いろいろと思考を凝らしたものが良いと思います。

本当に、桜撮りは難しいですがいまの時期に、今年はどこでどのように撮るのかとイメ−ジしておくのが良いと思います。それが一番楽しいものです。そして一月後には、あぁまた来年と反省していることと思います。


 第402話 言い勝功名

平成29年 3 月 1


時は三月となりまして、町内会の役員やPTA 等と、いろんな団体で 人事の選任に忙しい時期となりました。 普通ならこの時期にはすでに根回しも終わりまして人選も内定していますが、結構そうでもなくてこれから開催される、総会準備委員会や、役員指名会議がこの三月に人事を内定しておいて、正式には四月の総会で晴れて役職が決定されるというのが決まりのようですね。

しかし、この人選で揉める一つのパタ−ンは、会長とか、いわゆる長になってほしくない、更には絶対に長の席に付かせてはならない人が、凄い勢いでその席を狙っている場合であります。

一方、いくら探しても適任者が居らずに困り果てて、ついにはその団体が空中分解したり、円満でもないのに円満解散となってしまうこともあります。

空中分解した方がいいような団体ならいざしらず、地域住民の生活・福祉を司る団体ではそうにも行かずに、何としても話をまとめあげなければなりません。

いずれの場合であったとしても、その役になりたいと思う口撃と、絶対に役に就きたくないという口撃が付いて回ります。まぁ後者では誰も何も言わないということも有るかもしれません。

この様な場では、多少筋が通らない意見でも、たくさんしゃべる人の意見に賛同する人が増え、結局は多くの支持されるようになるということで、 言うたもん勝ちという言葉があるように、この世全てが口達者であれば意見を通すことになります。

どんどん喋りまくる者が勝つ。近所の寄り合いなどでは、多くは顔役や口達者な人がしゃべりまくり、何をするにも他に反対意見もなければ、それらの意見に落ち着いてしまう。例え良い意見をもっていたとしても黙っていては、よい意見も通りません。

また、この語には例えば、誰かがついうっかりと花見をしたいとでも口を滑らしてしまい、結果的には花見の幹事をする羽目になるようなことではなくて、花見の開催もその幹事も他の人に口を巧みに押し付けてしまう様な人の事であると思われます。

言い勝功名は、本来は一人の口達者に思うがままにされるのを阻止しなければなりませんというのも、その趣旨に含まれているものと思われます。 つまり、黙っていては、どんな良い意見も人には伝わりません。
如何なる場合であったとしても、常に赫々たる思いを持って、必要な時には堂々と意見を述べることが、大切なことです。


 第401話 猫馬鹿坊主

平成29年 2 月 15


今回のお題であります 「猫馬鹿坊主」とは、大勢が集つまる場合の着座についての教えであります。それは、主賓の席の隣に座る者は、ネコか馬鹿か坊主だけということで席に着くときには自分の地位や身分をよく考えて勝手に上座に座るものではないという戒めであります。

主賓の隣席はそれなりの場に相応しい者が着くのが普通である。それを何の気遣いもすることなく無頓着に座る者が時にはあるので、それを戒めたものです。

しかしながらある時には、場の世話役や幹事の立場として猫馬鹿坊主が居合わせたなら、非常に助けてもらう時もあります。それは主賓が全く人気がなく、横暴な人であったような場合は、皆さんが下座の方から順に選んで着席して残ったのは主賓の傍だけとなってしまい、幹事が主賓の傍に着席もできずに困り果てるということもあります。

一方、密かに主賓の傍の席を確保して、威厳の傘の下に潜り込もうとする者が虎視眈々と座席取合戦を展開することもままあります。そんな空気のなかでは、定刻よりも早い目に来られた猫馬鹿坊主が居たら世話役は非常に助かりますが、会の運営について主賓席の傍を目論んでいた輩から、直接にその不満を持ち出せずに、他の問題にすり替えてあれこれと文句を聞くことになります。

数年前なのに、もうすっかり忘れられたというか、古くなって使われない 「 K Y 」 という若者の間で流行りました言葉がありました。まさしく人寄りの場に於ける KY さんは、猫馬鹿坊主の類いかと思います。これも大阪生まれの諺でしたら「猫アホ坊主」でしょうね。

和室ならどちらが上座かとか、また洋室ではどちらとか、兎角人が集うとなれば、着席順とは色々と難しいものです。

ところがよく考えてみれば、これらは古きよき日本文化の風習であると考えます。長幼の序を始めとしまして序列についての道徳は厳しく教え込まれて生きてきた者には、誰しもが当然と身に付いています。これは日本文化と言うよりも、地球上の全ての社会に共通するものです。

それが時代とともに少しずつ、国とか地域により意識の変革がなされています。そうであったとしてもよくテレビのニュ−スで見かける場面で、閣議の前の集合風景で閣僚が椅子を埋め尽くして、一つだけ真ん中に空いている。そこに総理が着席するのを見かけま。

そもそも、猫馬鹿坊主は厳格な人間社会の序列というものを知らずに犯す間違いではあるか、あるいは勘違いや手続き間違いで起きる過失を、この諺で補てんする、人に優しい逃げ道であったのかも知れませんね。



 第400話 鼠の嫁入り

平成29年 2 月 1


今回のお話は、寓話 (ぐうわ) と申しまして動物などを擬人化したものが多くありまして、世界的にもイソップ物語があるように、教訓または諷刺を含ませた例え話です。

話の大まかな筋は、いろいろな本にも出ていますが、次のようです。

ある裕福な鼠の夫婦が、誰もが羨ましく思うほど立派に育った娘に一番強い婿を取らせたいと考えて、天に君臨する太陽に話を持ちかけました。すると、太陽は自分が放した光を遮る雲の方が強いと言いいました。そこで鼠は雲に話を持ち掛けると、雲は自分を吹き飛ばす風には及ばないと言いました。次に風は、壁には歯が立たないと言いました。最後に壁に話をすると壁は、かじって穴をあける鼠にはかなわないと言うので、鼠は結局最後に仲間の鼠の所へ嫁入りさせたという。

結局鼠の夫婦が可愛い娘の嫁ぎ先を世界を照らす偉大な太陽から順に探しているうちに、自分達の鼠が誇り高き存在であることに気がつき、仲間の鼠に嫁がせたということから、世で生きている立場、地位、環境を改めて考え直す時を持つように諭したものであると考えます。

この話は、何か「風が吹いたら桶屋が儲かる」 に持って回った話の流れが似ていますね。それにしてもよく思い出せば、人の世の中にはこの鼠の嫁入りに似た話はめずらしくはありません。よく世の教訓として存在している寓話であると思います。

実際の話しとして、「ああでもない、こうでもないと、いろいろな可能性や方策などを次つぎと考えてみたが、結局は最も無難な(あるいは、最初に考えた)選択肢に落ち着いた」といったような草臥れ話となる場合が多くあります。

しかし、今の世には何事におきましても、一思案も二思案もしてみる習慣を身に付けておくことの大切さも必要です。知らぬ者からの電話にはくれぐれも思案してからの、よき返事、よき行動をするようにしなければなりません。


 第399話 千里も一里

平成29年 1 月 15


酉年を迎えて早くも半月が過ぎました。まぁ正月気分で過ごした日々も、人生つかの間の休息としまして、小正月の今日を吉祥に胸の奥にある「やろうと思うこと」「してみたかったこと」を始めてみませんか。

例えば、徒歩でもよい、自転車でもよい、車でもよい、鈍行列車を乗り継いででもよい。日本列島最北端宗谷岬から最南端佐多岬までを走破してみるというのは。この距離は約675里で2700kmであります。千里の半分強ですが、なかなか遠いものです。

次に、趣味人として何か収集するのはどうでしょうか。もし何も目標のない御仁でしたならば、毎月21日に賑あう京都・東寺に出かけてみれば、きっと楽しい物品に出会うことになるはずです。大工の古道具である 鑿 を一丁買ってみる。鑿の収集もよいし、またちょっと木を削ってみる。それから端を発して仏像や能面打ちに道が開けます。もちろん日曜大工に精を出す切っ掛けにもなります。

書や絵の筆を手にしてみれば、これまた山より高く、海より深く開かれた世界にいざなってくれるとと思います。

ただし世の風潮は、お片付けの方向が進んでいまして、物集は終活に逆行することになりますので要注意です。この辺りは現在の年齢と余命との相談が大事です。

この様に、大阪駅で新快速に30分も乗れば、千里の道も一里から始まる如くのスタ−トを切るこことになります。何も京都に行かなくても大阪にも万倍のチャンスが有ることは言うまでもありません。

かく申します私は、一里の踏み出しの良さは自他ともに認めるところであります。しかし、肝心の「千里」に到達したものが無い、嘆きの人生であります。どうかこの「千里も一里」をお読みくださった方から、千里到達の技をご披露・ご指南くださいますように、お願い致します。

ただし、「なんば」から地下鉄に乗って、〇〇行きに乗れば・・・は、採用できかねます。


 第398話 明日の事は

平成29年 1 月 1


---------新年 あけまして おめでとうございます-----------
-----本年も、「小話コーナー」をよろしくお願いいたします------

明日の事は明日案じよ

今日の苦しみは、それだけでも背負いきれないほどある。明日、明後日にくるかもしれない苦しみを取りこし苦労して案じるのは、今日の苦しみを一層耐え難いものにいたします。
心配は、その時になってからしても遅くはない。前からくよくよしてもどうにもならない事の方が多いものであると、考えることを身に付けたいと思う。

今日は今日、明日は明日。  明日の事は、まだ手付ずに棚に上げよう。 明日は明日の風が吹く。

歳を重ねてきますと、どうしても先々の心配が気になってきます。そこで少しでも気を楽にするために、先取りして事の一部でも済まそうと手を出します。さてその当日を迎えた時には、天候や関係者の都合で段取りの変更が余儀なくされることがよくあります。

用意とか段取りとして計画的に先々の準備をすることと、心配事の先取り行為とは全く別物であることは申し上げるまでもありません。

まぁ今回のお題につきましては、具体的な物の準備行為ではなく、頭の中であれこれと気を揉むことを指しています。しかし誰でも同じことでありまして、これが一概に悪いという訳ではありませんが、加齢とともに先を案ずる度合いは、ますます強くなるのが、世の常であります。

一方、この思案が年寄りの特徴でもあります。これは生きてきた長年の経験から 蓄積されたものであり、現在ではス−パ−コンピュ−タ−を用いて解析される膨大な情報処理と同じ価値の高いものであることと考えられます。

しかし、その経験則がどれほど必要とされているか、また時期として正しいか、或いは費用対効果などが顔を出してあれこれやりだすと、一人の頭では到底処理が出来なくなります。もごもご言っている間に、年寄りは黙っててくれと言われて幕切れになります。

年の初めに、また一つ年寄り具合が濃くなったのを切っ掛に、せいぜい今日一日を精一杯過ごせるように、思案の軽量化に努めたいと思います。


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