ちょっと小話コーナーShort Story
ご感想やご意見は、掲示板で待っています。

第470話 千載一遇
第471話 枯れ木も山の賑わい 第472話  
第473話   第474話   第475話  
第476話   第477話   第478話  
           
           
小話保存壱号館へ 小話保存弐号館へ 小話保存参号館へ
  小話保存四号館へ   小話保存五号館へ   小話保存六号館へ
小話保存七号館へ 小話保存八号館へ

小話保存九号館へ

  小話保存拾号館へ   小話保存拾壱号館へ   小話保存拾弐号館へ
  小話保存拾参号館へ   小話保存拾四号館へ   小話保存拾五号館へ
  小話保存拾六号館へ   小話保存拾七号館   小話保存拾八号館へ
  小話保存拾九号館へ        
     

 第471話 枯れ木も山の賑わい

令和 2 年 1 月 15


枯れ木も山の賑わい

私は、後期高齢者となりまして1年が過ぎました。 まさしく、どのような場に出ていっても、抵抗なく自らを 「枯れ木も山の賑わい」 ですと自己紹介が出来るようになりました。

ここで自分の事を 「枯れ木も山の賑わい」と言葉にすることは何の問題もありませんが、言葉の使いようととすれば、老人が若者の仲間に加わる時などに、枯れ木も山の賑わいですので私も参加させていただきます、と謙遜して使う言葉でありまして、例えば司会者などが他人を紹介する際に、その人を指して、「枯れ木も山の賑わいと言いますから高齢を気にせずに是非参加してください 」 などと言うのは、本来は失礼にあたりますので注意が必要であり、特に目上の人には使ってはいけないことになっています。

またこの語に関して、国の国語調査では、半分の人がこの言葉の意味を 「人が集まれば賑やかになる」と考えているようで、本来の意味である 「つまらないものでもないよりまし」 を上回っている結果がでています。

もともとの語源とすれば、何もない殺風景な山よりも、枯れ木でもあればいくらかは山に風情を添えるものであることから、つまらないものでも、無いよりはあるほうがましであるということらしい。

さて、自分が後期高齢者となり集まりの他の人から視線を受けたおりには、 「つまらないものでもないよりまし」 と見られるよりも 「人が集まれば賑やかになる」 の方が嬉しく思うのは、私の思い上がりでしょうか。

大切なことは、自分自身が 「枯れ木も山の賑わい」 をよく理解して常に、若葉や青葉を決して押しのけて前に出ない様にしなければなりません。されど人生第四コ−ナ−を回ってからが、一番難しい。


 第470話 千載一遇

令和 2 年 1 月 1


---------新年 あけまして おめでとうございます-----------
-----本年も、「小話コーナー」をよろしくお願いいたします------


千載一遇 (せんざいいちぐう)

年の初めにあたりまして、少しはおめでたい、楽しい夢を手に入れるお話をしたいと思います。

千載一遇は、せんざいいちぐうと読みまして、一生の内でも 滅多に訪れそうもない良い、二度と来ないかも知れないほど恵まれた機会に出会うことを言います。載は年と同じで、一遇は一度だけ出会う思いがけない出合いのことです。つまり千年に一度偶然訪れるくらいのよい機会という意味となります。

この語のもとは、思いもしない素晴らしい人、またはたいそう偉い人などとの出会いを、千載一遇とされたようですが、現在は拡大解釈をされ、あらゆる機会でのチャンス到来で使われるようになりました。素敵な異性との出会いなどに使うケースも多いようです。

このように、千年のうちにたった一度しかない、またとない好機、チヤンスを見逃さないようにしなければなりません。

そこで思い浮かべてほしい歌があります。北原白秋の「待ちぼうけ」です。 ある日農夫が畑で一生懸命畑仕事をしていると、勢いよく走ってきた兎が畑の中の切り株にぶつかり、その兎を運よく得ることができました。いわゆる成功体験が転がり込んできたのです。それからは農夫はせっせと汗を流して働く事をやめて来る日も来る日も畑の外で兎が株にぶつかるのを待つようになりました。やがて畑は荒れ放題となり、村人からは相手にされなくなり、ついに哀れな人生を送ることになったのです。

世の中には、偶然にうまくいくことがあります。でも、その偶然が続くことは滅多に ありません。

しかしながら、千載一遇は、人の寿命が幾ら延びたとしても到底千年も生る訳でもありませんが、何時か誰かに巡ってくる有るかどうかの好機を見逃してはなりません。その為には滅多にない機会を捉える気構えだけは常に備えておく必要があります。この気構えは決して、待ちぼうけの農夫であってはなりません。石の上にも三年とか、雨垂れ石を穿つの精神的な努力の上に一隅は宿るものです。

ぼーと生きてて、千載一遇の絶好機を見逃さない様に、今年は六感を研ぎ澄ませて、無駄のない日々を送りたいと思っています。






小話保存壱号館へ 小話保存弐号館へ 小話保存参号館へ
  小話保存四号館へ   小話保存五号館へ   小話保存六号館へ
小話保存七号館へ 小話保存八号館へ

小話保存九号館へ

  小話保存拾号館へ   小話保存拾壱号館へ   小話保存拾弐号館へ
  小話保存拾参号館へ   小話保存拾四号館へ   小話保存拾五館へ
  小話保存拾六号館へ   小話保存拾七号館へ   小話保存拾八号館へ
  小話保存拾九号館へ