ちょっと小話コーナーShort Story保存壱号館
ご意見などは、掲示板で待っています。

第 01話 無題 第 18話 万歳 万歳  第 35話 力蔵死す  
第 02話 肩に掛けた手拭 第 19話 地獄の沙汰  第 36話 父は望遠鏡  
第 03話 年の初めに 第 20話 仲人口 第 37話 人事を尽くして  
第 04話 無題 第 21話 無題  第 38話 ええぞ−−−大阪  
第 05話 おうこの丈 第 22話 泣くほど恋しい 第 39話
第 06話 人には添うてみ 第 23話 三かくは蓄財の基  第 40話 北海道 
第 07話 二兎を追う者は 第 24話 めでたい日  第 41話 牛のおいど  
第 08話 春みなみ 秋きた 第 25話 サ−ティ−ン   第 42話 敬老の日  
第 09話 一日 雨の 第 26話 お医者の車   第 43話 日本人  
第 10話 覆水盆に返らず 第 27話 人は人中 第 44話 秋の日は釣瓶落し  
第 11話 暗夜に霜が 第 28話 仕事とお金は 第 45話 安物買いの銭失い  
第 12話 アホを見たけりゃ 第 29話 彼岸の天気   第 46話 秋の西風  
第 13話 あもか もちか  第 30話 百の説法、屁一つ   第 47話 今日の仕事は
第 14話 今熊の寄合い 第 31話 千三つ   第 48話 節季
第 15話 庚申の晩  第 32話 八十八夜の別れ霜   第 49話 戦友
第 16話 せずの、節季働き  第 33話 塞翁が 
第 17話 人の踊る時は 第 34話 ハンドルネ−ム      
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 第049話 戦友  

平成13年12月20日


軍歌「戦友」の歌詞ですが、思いのまま書きましたが、間違っているところを正してくれませんか。
訂正は、掲示板かメ−ルにてお願いします。

ここは お国を何百里  離れて遠き満州の 赤い夕日に照らされて 友は野末の石の下
思えば悲しい昨日まで 真っ先駆けて突進し 敵をさんざん 凝らしたる 勇士はここにねむれるか
あ−戦いの最中に 隣に居りし我が友が 俄かに はたと倒れしを 我は思わず駆け寄りて
軍律きびしき中なれど これを見捨てておかれよか しっかりせよと抱き起こし 仮包帯も弾のなか
折から起こる突貫に 友もようよう顔あげて お国のためだかまわずに 遅れてくれなと目に涙
あとに心は残れども残しならないこの体 それじゃ行くぞと別れたが 永久の別れとなったのか
戦いすんで日が暮れて探しに戻る心では どうぞ生きていてくれよ ものなど言えどと願うたに
空しく冷えて魂は国に帰ったポケットに時計ばかりがコチコチと 動いているも情けなや

思えば去年船出して 国が見えずなったとき 玄界灘で手をにぎり 名を名乗ったが始めにて
それより後は1本の タバコも二人で分けてのみ 着いた手紙を見せおうて 身の上話繰り返し
肩を抱いて口癖に どうせ命はないものよ 死んだら骨を頼むぞと 言い交わしたる 二人仲
思いもよらず我ひとり 不思議に命永らえて 赤い夕日の満州に 友の塚穴掘ろうとは

くまなく晴れた月影に 心しみじみ筆とって 友の最期細々と 親御許へのこの手紙

筆の運びはつたないが 行燈の影で親たちの 読まるる心思いやり 思わず落とす 一滴
ここは お国を何百里  離れて遠き満州の 赤い夕日に照らされて 友は野末の石の下 



 第048話 節季  

平成13年12月13日


節季とは、 盆・暮または各節句前のことの意味であるが、今では一般には歳末のこととして用いられていることが 多いと思います。

今日は12月13日、「節季」本番といったところですね。

年齢とともに、「あれとこれは年内に」なんて気になることが多くなります。しかし、これも 大切な区切りであり気分転換、新陳代謝の時期ですね。 外国文化は知りませんが、日本のよき風習・習慣であることに間違いはありません。

餅をつき、神棚飾りをして新年を迎える、またその他いろいろと気になることを片付けて気分一新 するのですが、今まで2回これを行わない年がありました。 それは、父と母を亡くした年である。喪中という語で1年間、神事、挨拶を遠慮した。これが 今にして思えば、その年はやはり大変な年であり、せめて年末年始ぐらいは、ゆっくりせよ と父母からの、つかの間のプレゼントであったかのように思われるのです。

大掃除もしなければ、七五三縄も飾らない、本当にのんびりとした正月を送りました。
そんな思いでもありますが、今年もやっぱりなんとなく気ぜわしい節季を迎えようとしています。

あいも変わらず、気ぜわしい「節季」、それがなによりいいのです。


 第047話 今日の仕事は明日に延ばすな、延ばした仕事は3倍かかる。  

平成13年12月1日


「今日出来る仕事は、明日しよう」なんて勝手な冗談とも本気とも思えるセリフを吐いて、誘いあって赤提灯に 足を向けたことはありませんか。

ま−軽いお話はいいのですが、真面目な話として。 まず、どんな仕事にもそれなりの緊張感を伴いながら、終業時を迎えることになります。うまく限のついた日 はそれなりの満足感と快い疲れで終わる。 しかし、もうちょっと頑張れば仕上がるが、自身のやる気がめげて、途中で片づけると、当然頭には、未消化のような すっきりしないものをひきずります。

次の日は、前日仕舞ったものを広げることから始まり、テンションを前日のレベルまで押し上げ、やっと仕事 が始まることになります。当然その日に待っている次ぎの仕事は後回しとなります。
一般に一日の動向を考えたとき、朝一はまずまずのペ−ス、昼はダレて、夕にはまた精が出るというのが日 本人です。
ほかに、やるべく仕事は早期に済ませて、次に備えることは、前述の日々に渡る例の場合とは異なりますが いずれにしても、次の仕事に万全の待機が可能となります。
第16話「せずの節季働き」は、用事を想定した、個人の動きをとらえましたが、今回とともに、仕事の上でも 両方にわたって言えます。 納期や、気分 にとらわれず先々事を進める方が能率も上がり気分のよいことは、いうまでもありません。


 第046話 秋の西風

平成13年11月13日


「秋の西風二日と吹かず」

今シ−ズン大阪では11月6日に「木枯らし1号」が吹いた。 もっとも大阪だけではなく全国版、したがってこのことわざも全国版と思う。
この時期は西高東低の典型的な天気図が小刻みな移動性高気圧の動きに追いやられるために、一般的には天気が定まらなくなる。

「女心と秋の空」で例えられる時期である。そしてその一コマに寒気が乗りかかったときに「おぉ−寒っ」と吹き荒れる天気で季節最初のが1号となります。

「木枯らし1号」に遅れること5日、もっと寒いニュ−スが飛び込んできた。杉浦 忠の突然死である。

背番号「21」は、この年まで柚木進投手が背負っていたが、立教大で「21」を付けていてこの年新入団した杉浦忠が南海ホ−クスのエ−スナンバ−を引き継いだ。かっちゃんの中学2年生の秋でした。

小学6年生の年には、日本シリ−ズあと一つまで行って、後の3連敗。 なんとしても、巨人に勝ってほしい南海ファンを熱狂させたのは、杉浦入団2年目、あまり有名な出来事であったのでここで書くまでもない。高校1年の秋でした、満田君という同級生と二人で御堂筋に、バンザイをしにいった。

小学5年から、ホ−クス子供会に入っていたので、大体何年生の出来事かは思い出せる。とくに杉浦忠のことは印象深い。

昭和61年の春、シ−ズンイン直前に中百舌鳥球場で最後の調整練習するホ−クスを見に行った。 休憩タイムに新監督杉浦忠はファンサ−ビスに観客席に廻ってきた。職人「門田」の調子やドカベン香川のコンバ−ト計画など質問した、丁寧に答えてくれた。思いでいっぱい。

それにしても、逝くのは早すぎる。


 第045話 安物買いの銭失い  

平成13年11月1日



男、遊びの道具に安物はあかん。例えばゴルフの道具を安いからといって飛び付いて買ったとする。
二つのイヤになることに出会う。一つは、自分以外に必ず同じ道具を持った者とでくわす。そうすると゛あっあいつも安物を買ってきよったな゛と思う。自分がそう思うぐらいだから、相手もそう思っている、なんとバツの悪い出会いだ。

あと一つは、安物やから自分自身、その道具を大切にしない。だからイヤ気がさすのも早い。己の腕前を棚におき、せんど道具の講釈をいってから、買い変える。
先に買ったのは、自分を卑屈にしただけで、何にものこらない。

このようなケ−スのほか、バ−ゲンに出るようなメ−カ−、又は品物を買ってはならない。その時、自分は精一杯高い物を買っても、すぐあとに、何々バ−ゲンとやらで、売っている。これまた気分がわるい。

このように、安物を買ったら、すぐに買い変えたり、使わずに仕舞うことになる。
よって、とりわけ男の遊び道具は、しんどても高いものを買うべきである。

ついでに、平行ものと、正規ものが当世なんでもある。かっちゃんは、「饅頭」なら平行ものを買う。しかし、車・カメラ・時計などは、正規ものを買う。せっかく高い物を買うときは、イヤになることが出来ないくらい無理をするのが、母親から習った教訓です。



 第044話 秋の日は釣瓶落し  

平成13年10月15日


秋、真っ只中にちなみ、秋からお題を一つ。
つるべ(釣瓶)の解説は不要とは思いますが、かっちやんが中学生になるまで家では釣瓶を使っていた。今でも30メ−トルほど先にその井戸はのこっている。特に風呂の水汲みはしんどかった。早く済ませたく釣瓶を思い切り水面に投げ落す、それすら落下時間をまどろこく思った記憶がある。
しかし、昔は早いものの例えが釣瓶の落下速度だったんですね。いま、「秋の日はトマホ−ク落し」っと言ってもあまり風情はないわな。

秋は、なにか仕残したものに後ろをかきたてられる、そんな気分になります。熊が冬眠前に腹一杯食いまくるに似たものです。
なのに、時間だけがいつもより早い速度で通りすぎる.しなければならないことと時間経過が反比例する、そんな時期なのです。

かっちゃんも、そろそろ60まえ、人生の水平飛行から着陸体勢に入った。季節でいえば正しく秋、釣瓶落しのごとく日々が過ぎ去ることであろう。
よって、いままで以上に無駄にする時間がないはず、けっして速度は求めないが、立ち止まることなく秋の落日のような短い時間を有効に生きていきたい。


 第043話 日本人  

平成13年10月1日


今日の朝刊スポ−ツ欄から。
高橋尚子はえらい。いくら「ペ−スメ−カ−」つき、「ガ−ドランナ−」つきと言えども、2時間19分46秒は立派だ。もちろんベルリンのル−ルが男女同時スタ−ト、勾配の少ないのに加えて、先述の2点をくわえても、高橋しかできなかった偉業ではないか。ご存知プレッシャ−には、めっぽう弱い日本人。
その、プレッシャをはねのけての、優勝、世界最高は絶賛にあたいする。

あと一つ対象的なのが、ダイエ−対近鉄戦とイチロ−のこと。
ダイエ−城島は、ロ−ズに新記録封じの策をとった。ロ−ズでなくノリだったら、おそらくこうはしなかったであろう。
一方海の向こうでは、90年ぶりの新記録をイチロ−が樹立している。234本目のヒットをアスレチックスからゲットした。

ダイエ−のことを、さも気の小さい日本人のごとく紙は書いている。なんで日本人気質があかんのや。ホ−クスの監督は、王貞治や、城島の策は当然や、ようやったとほめてもらいたい。

紙の記者の考えが、よき日本人の継承につながっているか ? ダメ日本の扇動しているではないか。いまに紙はイチロ−の技術や戦闘的な姿勢をほめず足で稼いだ内野安打を姑息な戦法なんて書きたてることであろう。

決して、臆すことなく日本人としての脈々たる歴史と文化に育まれた生き方、それを今一度思い浮かべてもらいたい。


 第042話 敬老の日  

平成13年9月15日


11日は、15号台風がまだ関東にあり16号が沖縄で居座り続けていた。

TV ニュ−スが台風情報を流し初めてすぐ「大変な映像が飛び込んでまいりました、ニュ−ヨ−クのワ−ルドトレ−ドセンタ−のようですね。」即座には火災原因など情報がつたわらず、しばらくして飛行機がビルに衝突したと伝えた。えらいこっちゃとTVにくぎづけになっていたら、また、もう一機がス−と現れビルに突っ込んだ。一瞬プレ−バックを見ているのかとおもったが、確かにその時の画面では、手前のビルが燃えつづけている。やがてテロによるものと報道された。

新聞の伝えるところでは、アメリカの情報機関は、アフガニスタンの山中でビンラ−ディンの所在を今年に入ってからも数回確認しているが、11日の同時多発テロ発生後は消息筋すらその存在は不明とのことである。
ビンラ−ディンはえらい大富豪の子で54人兄弟とのこと。なにもかもちがいすぎて、にわかにはあらゆることが理解し難い。

なぜ、中東といわれる地域はいまだに国として世界レベルにたっしないのであろうか。EU 先進国と地理的には接近していて、少なくとも日本とは比べもんにならないぐらいいい立地条件にあるはず。

イスラム教をはじめ、宗教環境が重くのしかかっているであろうが、こんな話しを聞いたことがある。氏は海外青年協力隊で2年ほど暮したが、なんせ働かんし、やる気とか、万事にねばりがない、勤勉さがない人種で何事にも「インシャラ−(仕方がない)」の連発であるとのことである。

世界中からの疎外感を受け、心情的にも育たない国民性。歴史的にも迫害、裏切りを繰り返しうけ活きる道としての軍事、テロは卑劣であってもなお認めざるをえないとしても、今回ばかりはやり過ぎた。



 第041話 牛のおいど  

平成13年9月1日


「牛のおいどは役立たず」

牛のおいど  =  モ−のしり  =  物知り
ちょっと、持ってまわった言いかたをしましたが、この゛ことわざ゛はまあまあ広くしられていると思います。
人が集まれば、必ず理屈ぽい物知り博士が一人や二人があらわれる。大勢でなんとか話しがまとまりかけたときに、「いゃそれは・・・・」と乗り出してくる。そして、あれこれこね回す゛物知り゛。

また、あらゆることに博学で何を題材にしてもなんとかこなす゛物知り゛
しかし、このような゛物知り゛は大様にして実行力の方は今一つということが多いようで、皮肉たっぷりに題材のように呼ばれます.

有言不実行をたしなめる語としてのものであり、現在は情報量のボリゥムがその人間の資質評価として用いられることも少なくない。
「世のため、人のためには骨身を惜しまない」そういう偉い人になりたいものです。



 第040話 北海道  

平成13年8月16日


ちょっと早いが、夏の終わりが近づいたら北海道に行きたいな、ではなく北海道に今年も行けなかったなぁ―っと思う。

まだ、小学校低学年のころ、すぐ近所の人が北海道へ乳牛の買い付けに行かれた。帰ってからは毎日のように近所の誰彼なしに北海道の土産話しをしていた。熊が出てきたときの対処話しがおもしろかった、゛死んだふりをする゛なんてまったくダメ、熊に前足でこつかれたら、死んだ振りを続けられる者などありゃしないとの話しに、なるほど−っと関心した頃のことをおもいだす。

20歳の頃、3人で車での北海道旅行を計画した。広い草牧地、牛や馬をいっぱい見たいと思っていた。車を都合するはずのメンバ−が、都合がつかず計画だおれ。
5〜6年後、まったく異なるメンバ−3人で再び計画。一人が親の猛反対でまた、計画だおれ。笑い話かもしれませんが、高速道路もあまり整備されていない当時、また、薄給の者の集まりでは3人で金をだしあわなければ、2人では、しんどかったのである。

いまに行こう北海道とおもいながら、あと数日で58歳。いまだ行ったことのない北海道。いきたいなぁ−−−。
「とんぼのめがね」さんの HP で壮大な北海道を見ながら、そうおもうのです。


 第039話 夏  

平成13年8月1日


午後7時ごろ家路に向かう愛車ハ−レ−ダビドソン、スポ−ツスタ−はごきげんであった。あと家まで5キロぐらいかと走っている目に、なんとも懐かしい雲行きが飛びこんできた。
秋の雲のようにすこしばかり、流れるようではあるが、いまは真夏、ちから強い感じさえある。そしてどことなく薄らとピンク色にその雲は化粧をしている。
まぎれもなく、50年前と同じ夏の夕暮れだっ。

小指の爪ほどの小石を腕の長さぐらいの黒糸の両方につけて「ヤンバホ−」と言って放り上げる。すると虫と思ったヤンバは糸にかかり、もつれるように落ちてくる。
ドロメンっと言って羽に油がこってりと塗られたような、色気たっぷりの雌ヤンバがこの方法で、この時間帯によくとれた。

つぎの昼間、そのドロメンを50センチほどの糸で括り、短い竹さおの先にくくりつけ、田の畦でクルクルまわして待つ。すると元気のいい、型のいい雄ヤンバがこれをめがけて絡んでくる。おもしろいほどよく獲れる。

男と女を連想しながら、スポ−ツスタ−は、ヤンバホ−をよくやったあたりを走っている。いまは道幅も広くなり舗装されている。家まであとすこし。



 第038話 ええぞ−−−大阪  

平成13年7月14日


平成9年8月国内都市選考で横浜を破って大阪に決まった。このときも横浜はその計画はないので大阪どうぞ、であったのだ。

その1年もあとに、はじめから気ががりであった「北京」が立候補表明。これは思うに表明のタイミングをねらっていただけで、はじめか゛らやるき満々゛であったのだ。しかし、われわれとしては、北京は見送るとさえ思っていた。

翌年ソルトレ−クシティ−、スキャンダルが発覚した。これは、いまにしてみれば、中国の工作か ??? いずれにしても、このあたりから、大阪も本当の元気がなくなりつつあるのが感じられた。しかし、クリ−ン招致活動を旨とする大阪には、取り組みやすい相撲と思ったのが大きな思いちがいであった。たった2票の差でシドニ−に負けた中国がそんな紳士協定などくそくらえである。ふだんの政治外交を見ても明白である。 かと言って、中国相手に、金のばらまき合戦をしても、一人大阪には、勝負はできません。なんせ中国の軍資金の出所は、東京なのです。
こうなれば、まっすぐ招致活動をするしかありません。

クリ−ン招致活動をつらぬきとおした大阪を一番恐れていたのは「北京」であったのです。


 第037話 人事を尽くして

平成13年7月1日


「人事を尽くして天命を待つ」

一つの物事をするのに、どんなに用意周到のもとに計画して注意深く実行しても、予見しがたい障害に実現を阻まれることがある。

人生に照らしあわせれば、むしろうまくいかない事の方が多いかもしれない。

人間の企てた事の成功あるいは失敗は、人間を超えた力に決済を依存する境地にたたされることもある。

この、ことわざを知っていても、苦しさゆえに、その最中には迷いにまよう。しかし、骨身惜しまず、物事に邁進することが大事。 自分を出し切ったあとは、神に任せる。

これが、頭にあるときは何とかなる。怖いのは、すっかり忘れてしまっているときだ。


 第036話 父は望遠鏡  

平成13年6月18日


「父は望遠鏡、母は顕微鏡」

昨日の、午後6時ごろ JOBK 大阪第一放送をカ−ラジオできいていた。

そのなかで、「父は望遠鏡、母は顕微鏡」という言葉が、子育ての教訓としてあると、紹介されていた。言わずと父は、遠くから、大らかに子供をいつも見守ってやる。一方母は、顕微鏡で見るがごとく、細やかに観察をしてやる。

ところが、現在家庭の子育ては、このようになされているであろうか ??? いささか、疑問にかんじるのである。
母親が、「そんな細かいこと言わんでもええやんか、お父さんが思っているようなこと昔の話しやんか」っと、父と母との立場が丸で逆ではないか。

そんな、家庭教育を受けた子が、まともな社会人になるはずがない。
どこにそんなことが言える根拠があるのかと反論があるだろう。だが明白に言いきれるのは、かっての我が日本には、最近の世相がまともに反映されるような、事件が存在したであろうか。

道徳教育の集大成を、戦争論に導く間違った考えが、さも正論とされているかぎり、今日の小話も浮かばれない。


 第035話 力蔵死す  

平成13年6月4日



               

JR3WAS'HomePage のトップを飾っていた、リキが、本日6月4日午後3時30分頃、死亡。
午後2時頃牛乳やが集金に来た時、一緒に相手をしていたのに、外廊下の床下で突然息を途絶えていました。

生まれながらにして、肺が育たない持病で、飼いはじめてから、6ケ月くらいしたとき、獣医から2〜3年の命と宣告されていました。
この、9月がくれば、満7歳をむかえることになっていましたのに。

とにかく、酸素が身体にまわらないため、夏は要注意でした。 病気持ちの分、やさしく、家族に気を使って生きていた、リキ。
こんど生まれ変わったときは、思いっきり走ったり泳げるような、リキでありますように。
                        


 第034話 ハンドルネ−ム  

平成13年6月1日


本日の読売新聞夕刊 1 面にメル友事件が載った。
気に入らないのが、「・・・出会い系サイトで使っていたハンドルネ−ムが書き込まれて・・・」っと書かれた文言である。

いったい、ハンドルネ−ムの語源など考えたとき、誰もが手にしている携帯電話を使ってのメ−ル、又 PC を使ってのメ−ルの送受ごときに、ハンドルネ−ムなんて威厳のある表現を使えるのであろうか。

エジソンが電信を発明、その当時、電信士が、「HAN IS KATSU」とか「OP IS KATSU 」とか打った。通信士つまり特殊技術の習得者に与えられた称号である。私は、別ペ−ジにも揚げているが、アマチュア無線を開局している。自分の名を紹介するときは、先述のようにモ−ルス符号を打つ。また、オ−バ−シ−と言われる国際間の電話(普通の言葉での交信)のときも、「オペレタ−は、溝端です。」とか自己紹介する。20年ほど前は、「ハンドルは、溝端です。」という具合につかわれていたが、現在はあまり、ハンドルという言い方はされていないようにおもいます。

また、日本でも初期は、自動車運転士っと言った、決して運転手では、ないのです。電話交換手は、オペレ−タ−といわれてますね。
つまり、ハンドルとは、誰にでもできるような技術に対して用いる語ではないのです。
メ−ル遊びごときに、ハンドルネ−ムなんて軽軽しく用いるべきではないのです。

いま、世の乱れはなんなのでしょうか。家庭教育の出来ない親。学校教育の出来ない先生。地域(社会)教育の出来ない世間。
長幼の区別のつかない、大人と青年。男女には自ずから果たす範疇があるのに何でも同一視したがる音痴人間。

戦後50年かかつて、ぐちゃぐちゃの日本ができた。いくら楽観的に考えても、理を整然とよき日本に戻すには、倍の100年はかかる。
あえて、よき日本を作るのではなく、よき日本に戻すというのかは、後日掲載したい。


 第033話 塞翁が馬  

平成13年5月15日


これまた、今は亡き親父のよく口にした゛ことわざ゛であった。
しかし、子供のころはその意味がわからず、ただ何か失敗とか落ち込むようなときに、「万事塞翁が馬」と励ましていてくれた。

いま、調べてみると、とは、とりでであり、は老人やな。昔の中国のお話し、国境のとりでで住んでいた老人が馬ににげられた。けれども、その馬が優秀な馬をひきつれて、帰ってきた。やがて、その家に男の子が育つたが、その馬に振り落とされ足を折る。その折、戦争が起きて、近所の若者が多く戦死したが、その子だけが足が不自由というだけで死なずにすんだ。

人の運命は、幸福と不幸がたえず入れ替わるものだと、いうことである。

人間万事塞翁が馬、このことわざを信じて、明日から精進したい。


 第032話 八十八夜の別れ霜  

平成13年5月1日


「セッセッセ、夏も近づく八十八夜、トントン。野にも山にも若葉が繁る、トントン。」 いよいよ全国的に八十八夜となりなしたね。
歌の文句のように、なんとなく気分も軽く爽快な今日、この頃であります。きっと昔には、「五月病」なんてなかったのですね。

この、ことわざもたぶん百姓語のようにおもいます。名ばかりの立春から勘定して88日たてば、さすがにいくら寒く感じる日があっても、もう霜がおりることはないという。夏物の種まき、米づくりの苗代準備の季節ですね。


久しぶりに、きれいにまとまった、小話。我が日々のなりわいも、霜に別れをした季節に引かれるごとく、新しい気分で上昇気流にのせてもらいます。


 第031話 千三つ  

平成13年4月12日


゛下手な鉄砲かず打ちゃ当たる゛と同意味にもとらわれがちであるが、他方、三つの商談を成立させるには、千もの努力をしなければならないという様にも思える。
しかし、もともとたいした元でもなく、きれいに着飾って、口先だけで商いする仲立業・周旋やを指して、その代名詞として使われた.

また、千のうち本当のことはわずか三つくらいしか言わぬということから、嘘吐きや法螺吹きのことを言いあらわしていた。

現在、何事にも情報収集、デ−タ−分析によって成り立つ時代とすれば、ことわざの意味も変化して、千にではなく、万かあるいは大きく億に三つでも当たれば、仕事として成立するかもしれない。

千三つ、か億三つかいずれにせよ、積極てきな努力標語として使われれば、21世紀では、千三つも誇らしく生きていけると思う。


 第030話 百の説法、屁一つ  

平成13年4月1日


すこし、表現が汚いが的をえた゛ことわざ゛であると思う。亡き親父が教訓としてよく言っていたひとつである。なんぼええことをしても、最後に失敗をすればすべて無となるということである。

えらい僧が、崇高なお話をえんえんとなさった。民衆はそれはそれは有り難く聞き入った。なのに最後の最後に゛ブゥゥ−゛と一発やった。民衆は力が抜けて有り難い、いままで聞いていた言葉が、それこそ一瞬に消え去り、冷ややかに僧を見つめるだけ。

この、ことわざは全国ネットかどうかは、知りません。ちなみに゛ことわざ゛とは、「人生のいましめ・世の中を見据えたことば・生活の知恵などをふくんでいることば」とものの本に書いてあった。慣用句、四字熟語、故事成語と類似するものがあるが、どう区別するのか、全くしらない。だれか教えていただければありがたいです。


調子に乗りすぎ、ついゴ−ルが見えた時に慢心から墓穴を掘る。同意味の゛ことわざ゛もいろいろあります。それだけ人の世の中で生きていくのは、たやすくないということです。


 第029話 彼岸の天気  

平成13年3月20日


「彼岸の入り雨なら、彼岸は天気」

ひさびさの、お天気のお話。これを昨日 UP しておけば、値打ちがあったのになっとも思うが、ま−来年も彼岸はあるさかい。

この語録は、全国ネットであり、河内や狭山のロ−カルものではない。そして春の彼岸に言えることであり、秋の彼岸時分には、天気は安定している。そのかわり春の彼岸時分には、天気の変動が激しいことをあらわしている。

今年の場合も、彼岸の入り、つまり3月17日は雨だった。そして本日は、絶好の好天であった。
ちなみに、「彼岸」とは、春分(秋分)の日とその前後の3日を加えた7日間をいう。

「春には3日天気なし」、「菜種梅雨」は、いわば嫌がられているきらいがある。しかし芽の吹く植物には欠かせない恵み物。
世には、なくては成らないもの、またあっては成らないものがある。世の条理というものだ。同じように日本人には道徳というものがある。これの欠如が世に寄与しているものがあるとすれば、新聞屋の紙面埋めぐらいか。
     


 第028話 仕事とお金は、さみしがり  

平成13年3月3日


昨日、朝一にこんなできごとがあった。
午前中に職場の人のご尊父葬儀があり、もう一件仕事上関わりの有る人の葬儀が午前中の同時刻に執り行われることととなっていた。
そして、加えて午前10時から、変更のできない、会議が予定されていた。
なのになんてことか、あろうことに、出先のコンピュタ−システムがダウンした。
手配したスタッフが、それぞれの持ち場に散ったあとなので、八方塞がり。そのときある人が言った。
゛仕事とお金は、さみしがり゛っという言葉しってるかって。
じつは、この言葉、昨日が聞き初めであり、私は、知らなかった。でも面白いことわざですね。とくに解説の必要がないお話です。

゛繁栄゛とか、゛日之出の勢い゛というような、積極的な語ではないが、なにか、はらわたに染みる強さをかんじます。
招きもしないのに、時のながれに応援してもらう。そんないい話しにあやかりたいが、いくら忙しい仕事を遂行しても、お金もうけには全く関係のないあたり、我が仕事には、さみしさを感じる今日の小話。  

  


 第027話 人は人中、田は田中  

平成13年2月10日


ここでいう「田中」は苗字の田中さんでは、ありません。
田の真中ということです。大道(だいどう=おおきなみち)に接した田は、肥料運びや収穫には大変便利ではあるけれど、子供のいたずらや、石をなげこまれたりする。
高低でいうと、水は当然高いところから低いところへと流れる。せっかく撒いた肥料も、低い他人の田にながれる。
しかし、最も低いところでは、水で洪水の被害をうける。
風の被害も、真中の田ほど有利なのはいうまでもありません。

同じように、人も生きていく術として、何事においても、両極端をさけて、目立たぬようにくらすのが、一番ということです。

人生なにが幸せかという計りはどこにもない。誰にもみえない個々の胸の中にある。
現実のほんの少しだけ上向き指向に焦点を定めて、人の中で生きていける。そんな人が最高の゛幸せ者゛だ。

         


 第026話 お医者の車  

平成13年 1月23日


これは、全国ネットの言葉か、河内の狭山語かは知らない。
それにしても、子供の頃年寄りから聞いたものだから、たぶん「車」とは、人力車とちやうかっと思う。
直訳すれば、お医者が車で行くその先は、具合の悪い人のいる方向である。かりにも昔の医者は偉くて、その行き先は、人々に信頼されていたんですね。
それで、お医者の車は、悪いほうに悪いほうにいくと、されたのである。
なにをやっても目がでず、運の悪いことを、この語を用いる。
いま、゛お医者の車゛なんていうと、若いものはフェラリ−とか、わるくてベンツかボルボ、リッチさのことと勘違いするやろな。

そうや、これを書きながら今考えが変わった。最近の自分は、「お医者の車」と思っていた が が が ・ ・ ・


「お医者の車」とは、リッチで優雅でカリスマのシンボルやと。   外は、冬まっ盛り、ボケル春にはまだ遠い。

         


 第025話 サ−ティ−ン  

平成13年 1月 1日


ミレニアムとか、世紀とか盛んにいわれているが、私は元号が好きです。
そしてだい好きな13、そう平成13年となったのである。
西洋では、13は嫌われていることはしっている。しかし私は日本人であります。

細心の注意を払い、むしろ臆病と自身の事を認識して、決してバカな蛮勇を駆けることなく、それでいてイザとなれば、軍隊の1箇小隊ぐらいを相手にまわして完勝する。
思えば、超ロングランの「ゴルゴ13」、ビックコミックの紙面に初めて登場したのは、昭和43年のこと。
「ビッグ・セイフ作戦」が初版。英国諜報部(グレ−トブリテンサ−カス)に仕事を依頼されて、機械部品サンプルとかいって、22口径ア−マ−ライトM16変形銃をもちこむ。
ゴルゴ13と呼ばれるようになったのは、西ドイツの刑務所に収容されたとき、囚人番号が1214号であってそこからきたものと言われている。ゴルゴは、ゴルゴダの丘からであり、これ以上は不明である。

実行不可能な、仕事の依頼を受け、銃にたいして超越した技と頭脳と体力の限りをつくして、これを遂行する。

私は、どのようなときにも、無理難題に直したとき、気分はゴルゴ13となって、よい解決策を見出すようしている。


年の初めにすこし、無粋なお話となりましたが、どうか平穏な中にも、よい刺激のある年であるようにと思っています。


 第024話 めでたい日 

平成12年12月12日


 平成12年12月12日
 JR3WAS'Page 開局 1周年記念日

 

 記念すべき、めでたい日であります今日心温まる電車ウォッチングの話題をひとつ。

 ちんでん こと阪堺電車でのこと。住吉大社駅から、あべのに向かって乗車した。いわゆるロ−カル色つよい路面電車でのできごとである。

 まず、停留所でいまにもドアをしめて出発というときに、40歳くらいのご婦人が手を上げて走ってきた。ワンマンカ−の運転手はそれを目撃すると発車をみあわせ、そのご婦人を待った。たまたま小生は一番前の席でその様をみていた。やがて「すんません」っと乗ってきた。誰一人として乗客は、待たされたことに文句を言わず、むしろほほえましく、その光景を見守っていた。

 つぎに、とある有名お嬢さん学校の初等科の子が数人乗り込んできた。やがてそのうちの一人が下車することになった。すると「定期をわすれました」っと告げた。その態度は、きっと胸のはりさける思いであっただろうと推察する。けっしてはしゃいだ子でなく、内気そうに見えた。ワンマンカ−の運転手が言った。「今度また見せてね」その子は「はいっ」っと答えて降りていった。

 久しぶりに、いいものを見たような、嬉しい一日であった。

 第023話 三かくは蓄財の基 

平成12年11月4日


義理をかく
人情をかく
恥をかく

もし、財をなそうと思えば、上記の三をかけなければならない。
人に逢えば五厘の損がいく、っといわれた。つまり知った人に逢えば、とにかくなにかと損をする。時間がつぶれるし、茶菓子の接待にも金がかかる。
少々廻りから白い目で見られても、金のかかる話は、聞いても聞かぬふりをする。
人前で、恥ずかしい思いをしても、財布の中身が減るような話しには、関知しない。
金を貯めるにも、儲けて貯めるは、まだまだ素人。本当に貯める人は、使わない。
さ−そこでや、人との縁を切ってまで金を貯めて、なんの喜びがある。なんて考える者には、端からその資格がない。

よく分ったので、早速拙者も明日から実践いたすことにする。
 

 第022話 泣くほど恋しい客でもいんだらやれやれ 

平成12年10月3日


まず、ことばの解説−−−いんだら とは帰ったら、いぬとは帰ること−−−やれやれ とは ホッ っとするということかな。
泣くほど恋しい客、これは人それぞれありますわな。恋の最中ならあたりまえのこと、大事な娘を嫁がせた相手の婿殿をたてまつる娘の親、ごっっい商取引の相手方、芸の道の大先生、なんぼでもある。
つまり、大事な大事なお客ということであるが、そんな客が家に来たらそらもう大変、きげんはとらなあかんし、ごちそうは作らなあかんし、気の使うことばかりである。VIP な客ほど来てもらえばうれしいが、精魂つきるのです。
よって、帰られたら、やれやれ−−っておもうのです。

これは、亡き母からの格言で、なんぼ大事にされても、訪問先では、そこそこで腰をあげて、決して長居するなということです。

 第021話 無題 

平成12年9月9日


ひさびさで、通勤電車を、お題に。
近頃の若いもんは−−−、なんて言葉はもう死語なのかな。それとも若いもんだけが目立つのだけではなく、皆がそうであり、一部の常識人をのぞけば、他は非常識人なのか。
駅にも急行停車駅と、各駅停車のみがあるが、いづれもよく似た現象として、扉が開いたら、まず降りる客が優先そして、乗る客が乗り込む。極あたりまえの事であるのに、そのあたりまえが、そうでないのである。
私が朝のる電車からは、2校の公立高校生が降りてくる。扉が開いているのにまだ喋っている。やっと棚からカバンを下ろし降りてくる。こんな風だから、落ち着かない人はさっさと乗り込む、ま−考えたら当然かもしれないが、乗り込むほうは、皆大人なのである。整然とした態度で、ねばり強く待てば、高校生もいまにわかると思うが、両者とももうどうにもならない。
一方、降車駅は割と降りる人員より多くの乗客があるが、こんどは男女とも、中年層である。なのに扉が開いて降り様とすると、ぶつかる様に乗り込んでくる。ときどき「こら−」っと言いますが、今に反撃されそうで、ついついだまってしまいます。
こういう年齢層の親に育てられた子息、学校の先生の言うことや、社会からものを学ぶ心はないわな。学校の先生のことは、また、書きます。

百ほど、論議はあるだろう。が、親が子をどうしようもできないのなら、警察官の人数と、権限と、月給を2倍にすることや。


 第020話 仲人口 

平成12年8月5日


仲人は、縁談をまとめるために、相手方のよい事ばかりを増長して語り、決して悪い事は口にしないでまとめようとするから、仲人の話しには全幅の信頼をしてはいけない。
話し半分ぐらいに割り引いて聞いてちょうどいいくらいである。
一方、話しを持ちこまれる側にしても、タイミングよくこられたり、心のどこかで仲人をまちこがれていたときは、自発的に術にはまりこむものである。
仲人口は、縁談のみならず、周旋、斡旋にも必要な口術でもあるが、最初から詐欺等の悪意のあるものは別としても、用語としては、゛仲人口゛はあまり誉められた用い方はしないが必要なものです。日常でも、欲の絡んだ話しには誰でも゛仲人口゛をたたくものである。

古き良き時代の縁談情報提供屋とも言える゛仲人゛。その仲人口が晩婚、未婚、独身、少子、こんな文字に打ち勝つ活躍が望まれる。


 第019話 地獄の沙汰

平成12年7月7日


「地獄の沙汰も金次第」

死んで地獄に追いやられたものは、そこで裁判を受けるようだが、その折、をつかませば有利な判決が下してもらえるとのことである。
とは、それくらい力がありこの世の中はすべて金の力で支配されている。
雪印で助かったが、つい最近も N 元建設相の事件が報じられている。政治家倫理としては論外ではあるが、今回のテ−マ゛゛だけをクロ−ズアップしてみれば、当然の所業かも。

よく、道楽遊びで一番面白いものは何かと論じられる。大方の意見は、まず己の命を的にする、あるいは賭ける遊び、自動車レ−ス、オ−トバイレ−ス、ヨットレ−ス、厳冬の登山、etc それなりに科学的理論に裏付けされていても、いずれも命を的にしている。
人間、命をなくしては、すべて台無し、これは誰でも認めるところであろう。

さて、次ぎにとなれば少々別れるところであるが゛恋゛゛食゛゛衣゛と、いずれにしてもがあれば何とかなる。
つまり、人間、命の次ぎは゛゛ではないだろうか。家族、健康等、金で買えないものも多々あることも確かである。

はいくらでもある、しかし老いだけはどうしようもないと、大坂でその命を断った人もいた。もう400年も前の話しである。
極一部の特別な人以外はやはり、命の次ぎは゛゛で決まり。゛金を咥えて、ひじり死に゛ということわざもあるが、ま−世にほど大切なものは、他に見当たらない。

ある様に見えてもないのが、。ない様に見えてもあるのが、借金。


 第018話 万歳 万歳 

平成12年6月3日


伊藤衆議院議長が解散詔書を読みあげた。すかさず゛バンザイ バンザイ゛と連発の声があるものと期待してTVをみていた。しかし、所々で小さく、それも元気のないバンザイであった。

いまの国会議員、口を開けば批評され窮地に追い込まれる。だからバンザイですら腹の底から声をだして言えないのであろうか。主義主張の違いでバンザイがなじまないなんて考えている一部は論外として、威勢よくやってほしかった。

では、なぜ解散に望み、バンザイなのか。その昔、旧憲法時代に、解散時の極度の緊張から思わず誰かがバンザイを叫んだ。それが現在まで引き継がれた儀式となっているとのことである。

十分に議員活動を貫徹して、満貫の思いでバンザイを唱える人。再び議場に来れる自身がなく最後の声をメモリしておこうとバンザイを唱える人。その人その人によって様様な思いがある。日本人、葬式以外では人が集まれば、その会の閉めとしてバンザイをやる。手拍子もあるがバンザイが圧倒的に多い。そんな風習でさえ、昨日から今日の新聞で否定的な扱いを受けている。

国会議員諸君、バンザイ ぐらい誰にもはばからず、やろうではないか。議事運営委員さん、次回はリハ−サルをしてはどうかね。


 第017話 人の踊る時は

平成12年5月14日


「 人の踊る時は、踊れ」


人の世の中で生きていく術にも数々あるが、遠慮して協調することはできるが、積極性をだして協調するということが出来ないのが、日本人ではないだろうか。

ま−今回の題目も決して一次的な積極性ではないが、子供の頃から父親にしつけられたと思う。
本当に小さい頃の思いでとして、例えば、食事時にぐずぐずとどうでもいい事をしていて母から゛早く食べや゛っとせかされる。そんな時に父親から゛人の踊る時は踊れ゛とよく言われた。この頃はあまり深い思慮もなく、むしろ軽い気持ちで用いていたと思う。

しかし、小学校の4・5年生の頃であったが、比較的体育系に弱かった私に、このことわざをいいつけて、さらに人を踊らす事を考えよ、っと言われた。わかりやすい話しとして、野球をするなら、10人目よりも、9人以内に入らなければダメだと思うようになった。もっとも現実は厳しかったが。

大人になってからは、人のすることは自分もして強いて廻りに逆らうようなことはしない、という意味にも自身の考えの中で使っている。
ただし、決して個性を引っ込めても廻りに合わせ馬はしない。このことわざは、世の中、見た目の帳尻合わせが必要なときは、さらに協調性を保つことが、最善と判断すれば、それに参画すべしということです。

たいして必要もないのに、廻りがネットの世の中になりつつあるのを感じて、H P 開設という゛踊り゛を始めた感じもないことはないような気もする。


 第016話 せずの、節季働き 

平成12年5月1日

けっこう、皆さんの身近にもこんな人がいるもんです。
また、皆さんご自身がそうであるかも知れませんね。いや失礼。
この、ことわざは、私の母親が好きでした。

では、このことわざを解説いたしますと、゛せず゛とは、あまり身体を動かして用事や、仕事をしないで、ごろごろしたりで、ものぐさな人のことである。
節季゛とは盆前とか、年の暮れである。
つまり、 日頃はあまりコツコツと用事や仕事をしない者ほど、さし迫ってからバタバタとやるということを、皮肉ったものである。
何事も常日頃からの努力こそが大切で、時間に迫られてロクなことが、できないということです。


節季とは、よき日本人の区切りの風習であった。こういう節目を忘れがちの今の世、節度とか礼儀という言葉とともに、手の届かないところへと遠ざかって行くようなきがしてならない。

 第015話 庚申の晩 

平成12年4月22日


百姓の仕事は、根仕事(こんしごと)と、ただひたすらにうつむいて仕事を続けさせられた。
野良仕事中に道を行く友と話をして手を止める、それを祖父が゛話は庚申の晩゛としかりつける。
やはり百姓仕事は子供心にも、きつく、しんどいものであった。

仕事中に雑談することをたしなめた、ことわざであり長話をするなということです。
長話を許されるのが゛庚申の晩゛であって、庚申とは、庚申待ちの意であり、これは、かのえさるの日の夜、講中が集まって庚申祭をする。
これは、仏家、神道ともにあり、江戸時代に盛んであったという。寝ることが許されず徹夜をする。その折には話題は選ばず他人の悪口でもよく一晩中雑談する風習があった。 これが庚申の晩である。

十干十二支を組み合わせて、60日サイクルとなり、年6回か7回の庚申(かのえさる)の日がある。

今は、神仏祭には関係なく、テレ放題とかで毎晩が庚申さんという方も多いとか。


 第014話 今熊の寄合い 

平成12年4月4日


これはおそらく、我が家の位置から一里四方ぐらいの範囲でしか通用しない、超ス−パ−ロ−カル語である。

゛寄合い ゛とは、会合、集会のことです。
今熊は百軒足らずの集落名で、上今熊と、下今熊がある。
これが又、仲の良い集落同志であって、水争い等めったに起こらない。

これを、瞼に例えて、上瞼と下瞼が寄合う様、つまり眠気を誘うことの例え語である。

いま 春は曙、今熊の寄合いの季節となりもうした。


 第013話 あも か もち か 

平成12年3月27日

( 五十歩百歩 )

あも゛とは何のことかご存知でしょうか。

私の小さい頃は、正月を始めとして、寒もち(2月)、春ごと(3月)、はげっしょう(6月)、まつり(10月)、と年5回ぐらい゛あも゛をついた。
そうです、゛餅゛のことです。
゛あも゛は餅の異称として広辞苑にでているから、全くの方言でもない。

今では、゛あも゛もほとんど使わなくなった語であるが、その昔゛あもかもちか ゛ということわざがよく使われた。
意味としては、少しはちがうが、にたりよったりで根本的な違いはないという、゛五十歩百歩゛とおなじである。
誉めた事には使わず、むしろ、しかり文句の意が強い。

五十歩百歩の語源は古く、ものの本によれば、孟子曰く ゛五十歩退却した兵が、百歩逃げた兵を笑うようなもの ゛っと言ったとか。

H P 遊びも、肩は凝るわ、目がかすむわで、酒を飲み歩くのと体の為には、
゛ あも か もち か ゛ っていうとこやな。


 第012話 アホを見たけりゃ、親を見い

平成12年3月16日


久しぶりに、電車ウォッチングです。

今朝は雨が降っていたので、みんな傘を持っていたが、誰一人として子供が持たず母親が丁寧に自分の分と子の分の2本を手にしている。

幼稚園の入園説明会に出席する為であろうと思われる、3組の母子が乗り合わせた。
いずれ雨の日もあろう、傘ぐらい自分の手で管理する事を教えてもらいたい。
子供どおしは面識ないのか、いまにもずり落ちそうな格好で大人分ぐらいのスペ−スを占領して座っている。母親達はそれは機関銃のごとく、まくしたてている。思い思いに我が子の自慢話か、気のない誉め合いか。誰でも我が子には目がないのである。

かく申す拙者も、息子の嫁はないか、娘の婿はないか、っと躍起になって気をもんでいる。

アホとは、突き詰めて見れば、自分自身のことか。


 第011話 暗夜に霜がおりるごとく

平成12年3月7日


再び父の登場です。これは、父から厳しく言い渡された゛ことわざ゛である。
何回も成功した、というよりも守ってきたが、どうしても一度だけは果たせなかった。だいたい一度だけは失敗するのが、普通です。

ま−題名からして3月では遅すぎたの感もあるが、お話の内容は季節とは全く関係はありません。

これは恋愛関係にある者同士が別れる際の格言であり、一般的には男女の間のことではありますが、今では男男でも、女女でも使えますゾ−。

もともと霜は、゛降る゛とか゛おりる゛と言いますが、おりるところを誰も見た者はありません。朝、明るくなったらいつのまにかあたり一面まっ白の世界になっています。
まして、暗夜ともなれば現認した者があろうはずがなく、ただ結果のみ歴然としております。

誰にも悟られず、波風も立てず、仲のよかった二人が、いつの間にか他人同士。別れの美学の実践訓。

よく新聞などの紙面で男女の別れ話が壮烈なこととなって載っています。
だいたい恋愛は、くっっくのが難しいように思いがちであるが、決してそうではありません。
別れることこそが、難しいのです。
世にプレイボ−イと言われる奴は、これが上手いのです。
更に言えば、ふる奴はまだ素人、ふられてこそ一人前のプレイボ−イである。

なぜか、それは相手に゛ふってやった゛というプライドをプレゼントをするのです。その結果、以後金や、なになに相手に困ったときに、電話一本で、また目的を果たせるのです。ふったりしていては、全くこれがかないません。

もうすこし、詳しくそのあたり申し述べたいが、ここは小話コ−ナ−、あまり力を入れずにこのへんで。
では、数ある小話でも本当に役に立つ゛ことわざ゛として心にとどめておいてもらいたい。

しもったと、後でくやむより、このしものお話は、ただのしも話では、ありまへんでぇ〜。

「ご好評いただいておりました、ハ−レ−シリ−ズは、前回をもって完とさせていただきます」


 第010話 覆水盆に返らず

平成12年3月1日


いつも、祖父ばかりがお話に出てまいりますが、私にも父がおりましたのです。
他界して9年になります。今回第10話の記念として、父の登場です。どうぞよろしくです。
父からもまた、いくつかの人生訓を教えられたが、とりわけ一番゛お気に入り゛を披露します。

今回の゙覆水盆に返らず゛ですが、これは、ロ−カルものではなく、れっきとした標準ものです。
ものの書によれば、太公望が別れた妻から復縁を求められ、盆にはつた水を傾けてこぼし、これを元に戻したら希望に応じようと言ったという。
以後、一度別れた夫婦は元通りには結ばれない、ということの例えとされてきた。

しかし現在では、一度したことは、取り返しのつかない、ことの意味で、失敗したことを早く忘れて、次ぎに備えよ、というなぐさめ、励ましとして使われている。

何回も、これを父から聞かされたということは、私は、何事にも失敗が多かったということです。

失敗のないバイク選び、それは ハ−レ− です。


 第009話 一日( ついたち ) 雨の 三日降り 七日        に降らんことはない

平成12年2月20日

やはり、祖父から習った ことわざ である。
昔は不思議なほどよく的中したものである。
月の1日(ついたち)に雨が降ったら、3日間降り続き、一旦やんでもまた7日には降るということである。

このことわざが頭にあるので、1日雨は今でも嫌いである。
雨はやはり総体的には、歓迎されるものではないらしい。
まして月初めの1日は誰でも゛さ−ぁ゛ってな新たな気分で迎える。それが雨降りであれば、意気消沈してしまう。

このことわざは10年ぐらいを単位として、記憶の隅においてもらいたい。
最近ではどうも外れの傾向にあるが、天候不順、異常気象、地球温暖化等の文字が新聞紙上を賑わすようになってひさしい。なにか、自然と共存できない、゛進歩゛というかなしい文字に加速をつけて突進しているように思えてならない。

加速を楽しむのは ハ−レ− に乗ったときだけでよい。

 第008話 春みなみ 秋きた

平成12年2月15日

もうすぐ春ですね。
かなり信ぴょう性があり、気象学からしてもウソのないお話。
これも祖父から教えてもらったもの。
春というのは、ほんとうに暖かくなってからのことでして、暦のうえでのことではありません。
小話を読んでくださっている方々も一度や二度はだれでも、祈るような気持ちで、「どうか雨が降りませんように」って空を見上げたことがあることとおもいます。
空をみるとき、季節が春なら、南の空をみる。また秋なら、北の空をみる。
春なら南のそらが、暗かったら間違いなく雨は近い。
農作業の段取りを考える知恵である。
夕焼けは晴れ、朝焼けは雨、と同じですね。

ツ−リングに出たときは、天気が気になります。
どうか、ハーレーは、”晴れ男”ならず晴れバイクであってほしいと、祈ります。


 第007話  二兎を追う者は、一兎を得ず平成12年2月6日

<反対語:一石二鳥>

本日、日曜出勤で早朝の急行電車に乗った。
わりと空いていて座ることが出来た。
隣には、どう見ても、40という二人の婦人が乗り合わせた。
白のスポーツウエアーに身を包み、テニス用のラケットを大事にかかえていた。
そうや!二兎を追う者は、一兎を得ずや」と叫んだ。
すこしわるいが、しばし会話に耳を傾けることにした。
他のテニス仲間が、最近 軟式も始めたらしい。
その事をなじっているかのように聞こえた。
私は、テニスのことは、全く出来ないし、知らない。
しいて言えば”グラフ”が好きであった。連戦連勝する若き”グラフ”の姿が新聞のスポ−ツ欄に載るのを楽しみにしていた。
ところで、今回の語録に想うことは、反対語として、一石二鳥という言葉があるが、誰しも、積極的思想として 一石二鳥を抱いていることであろう。
人生をやっているうちに幾度となく、
大小の問題は別として、判断の岐路にたたされるものである。
仕事の上でもまた、私的にも、この判断することの良し悪しで、出来る人か、それとも 凡人かに分かれる。
かく申す私は、判断が一番苦手であり、かつ下手である。
そのような時には私は、むこうへ、むこうへと、ただ時間だけを延ばして、大勢の情勢が傾くのをみて、分の良いほうに加担する。
そして、あたかも自分が手柄を挙げた様に言う。最も嫌われ人間である。
でも、これからは こう思っている。
何も考えずに、一石二鳥人生を!
そして、ふと頭に二兎を追う者は・・・ということわざが浮かんだ時は、
一兎に専念すべしっと。


欲張らず、そろそろ数台あるバイクを、ハーレー一台に整理せよと、言うことか。


 第006話 人には添うてみ 馬には乗ってみ平成12年1月29日


今回は、馬に乗るお話ではございますが、馬は”うまく”書けそうにありませんので”牛”でいきます。
牛は私が20歳の時まで、我が家で家族の一員として飼育されていました。
それは農耕によく働いたのであります。
犬ほど表現力はありませんが、牛もまた人になつき、それは、それは可愛いものです。
一般には”カイバ”といいますが、ロ−カルでは”カイ”といいます。餌のことです。
藁を細かく切って、米のとき汁、米ぬか、を混ぜて与えます。
本来牛も、自然に生えた草を食べていたのですから、藁を切った”カイ”よりも、夏季には田の畦に生えた草を刈って与える。
やはり、藁の保存食より、生の草の方が美味しいのです。
草にもロ−カル名ではありますが”アキボコ”と言って、ひときは牛が喜んで食べるのがあります。
牛の喜ぶ顔を見たくて数少ない”アキボコ”を求めて、先の話にでてきたおうこに、”かんご”を吊るして探し歩き廻ります。
池があれば泳ぎ、トンボやヤンバ取りをする、小学生の頃の思い出です。
ところで、このことわざに類似するものとして「食わず嫌い」というのがあります。
これは食に例えていますが、今回の主題は人間社会の生き様をうたっています。
なにごとにも、自ら体験し、決して目先だけでは判断してはいけないという戒めのことわざです。
今の社会、何かと閉鎖的になりがちであるが、HP遊びは、自己開示することによって、何かを学び、考える時を得ます。
自らをオ−プンにして、情報発信、出来るだけ多くの人々と共に、自己啓発にいそしむ。
素晴らしい世界やな−−−−−。

人には、インタ−ネットで添うてみ、ハーレー
には乗ってみ  やっ な。 


 第005話 おうこの丈平成12年1月19日


「どうや〜」と聞く、「あと・・半分や」とこたえる。
これだけでは、何がなんだか、見当もつかない。
子供のころ祖父と田んぼで野良仕事をしている時の会話である。
半分とは、おうこの丈(たけ)の半分で、それは、夕日が西の丘陵線に沈みゆく、夕日と線の間隔である。
もとより、そのようなことを長さで表せることが出来るはずがないのであるが、ひとつのユ−モアと、とらえてもらいたい。
したがって、まだ日が高いときは、「いっぱい(1本分)」とか「2本あるで〜」という具合に表現するが、普通、半分ぐらいになったときに、祖父は聞く。
つまり、もう日が暮れるから、”精だして一生懸命やれ”という激である。
おうことは、荷を担う棒。
”樫”か”椋”で作られて、両端には金属の停め釘が打たれている。
長さはだいたい、五尺( 150センチ ) ぐらい。
その弓なりのしなりは、男の勲章である。
おうこ
も、昭和30年頃から盛んに使われだした一輪車におされて、だんだん農場から影の薄い道具となっていきます。
おうこを担いで歩くとき大事なことは、荷の重さにしなる リズムにあわせて、絶妙の身体ごなしが、必要だ。
これを早く会得するには、し尿(肥えたんご)を担ぐのがいい。
なぜなら、ぎこちなく担げば中味が波をうち、担ぎ手に容赦なくかかってくるからである。

絶妙の身体ごなしは、馬に乗るのも、ハーレーに乗るのも同じこと。
次回は馬に乗るお話とします。


 第004話 無題平成12年1月7日


今朝の通勤電車内での、たぶん、塾に行くんだろうてな感じのする小学4、5年生の会話である。
「10萬というとこやな」「あ〜同じぐらいやな」…そうですお年玉のことです。
余計だが、どうか心に残るものに、使ってほしい。
そう言えば、同じような年頃のこと、300余円もらった。
そこで、55円のゴム動力飛行機セットを買った。
10X50pの紙袋入りで、胴体となる棒、小メタル、アルミ管、竹ひご、紙、動力源のゴム他、金具少々。
設計図を広げて、部品点検・・いやいや嬉しかったね―。
おそらく自分の意思で買った最初の高価なものである。
高価なものといえば、同じ時期に、伯父が”ム−ンタイガ−”というオ−トバイを買った。
伯父は、我が家の納屋をガレ−ジにしていた。

私は、今でもラジコン飛行機と、ハーレーをやっている。むーーええもんやでー。 


 第003話 年の初めに平成12年1月1日


1日24時間、なにか他人より”NO1”になろうとすれば、 その時間をどう配分するかである。 という語録がある。
年の初めにあたって、今一度考えたい語である。
人生、向上心を持つことの大事さは言うまでもない。
例えば、サラリ−マン人生にとって、働いている時間帯はどうにもならない、と考えがちであるが、そうでもない。
消極的な要因ではあるが、仕事中にあれこれと、仕事以外の社会、金銭 家庭 趣味等を考え、空想するものである。
いざ、自分の時間になっても、下手な長考がしみついて、決断をにぶらす。
いうまでもなく、仕事もろくにできていない。
つまり、時間の配分ということは、配分された時間に集中できる、精神力をやしなうことである。

仕事中に、ハーレーのことばかり考えている俺は、なんなのだーーー。


 第002話 肩に掛けた手拭( タオル )平成11年12月21日


植木屋さんが、「ど−れ いっぷく 」とか、銭湯に出かけるとき…
肩にポンと手拭を掛ける。
そんな光景を思い浮かべてほしい。
もし、前に長く掛けたら、後は短い。その逆も又いえる。
つまり手拭の長さは決まっているのである。
これを人生訓として、楽であれ 苦であれ 先が長ければ後は短い。
先が短掛ければ、後は長い。キャパは決まっているものらしい。
人生あせることなく悠然と送ろうという諺。

悠然と乗るバイクは独特のエキゾストノ−トといえ、振動といえ、やっぱりハーレーやな。


 第001話 無題平成11年12月14日


通勤電車に父子が乗ってきた。  
たぶんお父さんが、どこかにつれていくのだろう。
2歳ぐらいの男の子が、シ−トにすわり、すぐ、からだごと窓の外へと向いた。
そのことを見ていたとき、50数年前のことが脳裏を走った。
なぜ、大人は辛抱して、窓の風景を見ず、賢そうな顔をして、中を向き合って座っているのだろうか。
なぜ大人は自分にフランクでないのだろうかって・・・
そんな気持ちが、いまでも欲しいものは欲しい。

自分に忠実に生きていたい。ハーレーは、そのひとつと思うのです。



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