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さて、「がくがく隊」と発するこの隊は、男女七人で結ばれた山行の友の会名であります。
大した山行の技術も持たないグル−プですが、集まった七人はこれから経験を積み、向学心を持って山を楽しもうと燃えています。
このグル−プで数回目の山行きとなりました、11月21日の兵庫県・夢前町「雪彦山」での帰途に、更なる結束を固いものにせんとグル−プ名を決めることになりました。
口々に声は出してみたものの、決定打がないままに過ぎてしまいました。 そして、その日の別れ際に選考者を決め、その者の所へメ−ルにて2作づつ応募して、その中から選者が三作をピックアップして、あと全員で、その三作に投票して決めることになったのです。
人名、企業・会社名、製品名、あげくは、芸能界での命名と名を決めるには、繁栄、発展、安全、名の響き、名の字面とありとあらゆる角度からの検討が加えられなければなりません。
昭和62年に、我ら「大阪府南河内郡狭山町」が市制を施くことになったとき、町民に新市の名称を募りました。簡単に「狭山市」とならないのは、先に埼玉県狭山市が存在するからであり、何か新しい名を考え出す必要があったのです。「狭山」とは、新しい時代になってからの名称であって、歴史の重みはあまりありません。
山に挟まれて、広がりを感じない。いや、「狭山」の字は残したい。・・・様々な意見が街中を駆け廻りました。
全く新しい字で作り出された傑作も数多くあったと後には聞きました。「狭山」を冠にした「河内狭山」と応募した者が多かったとのことでした。
そのような中、「大阪」を頭に冠して「大阪狭山市」との案が浮上。町長はこれは名案としたものの、都道府県名を冠することの是非を当時の自治省へお伺いを立てたところ、差し支えなしとの返答を得たとのことで、かくして都道府県名を冠した市が誕生したのでありました。
自分としては全く考えの付かない名称であり、アイディアとは、かく出すものだなと、ショックをうけたり、感心したことを覚えています。
余談ですが、 アマチュア無線では、交信レポ−トに発信地を必ず入れ込みます。海外、国内とも、「OSAKASAYAMA」と発信すれば、都道府県名を改めて紹介する必要が無く、ええ名と喜んでいます。ただ電信交信において国内では、「OSA・・・」、あっ大阪市かと早合点されるケ−スも多々あります。
脱線が長くなりましたが、「岳楽隊」が、響きとして、字としての目映、ユ−モアありとして選ばれました。
特別な字も使わず、山を楽しむ、ごく普通の組み合わせからこんなに素晴らしいアイディアを皆で喜びました。
生み出してくれた゛りょうちゃん゛に感謝の極みです。ありがとう。