ちょっと小話コーナー Short Story保存拾四号館
ご感想やご意見は、掲示板で待っています。

第328話 午の刻 第329話 馬を買わずに鞍を買う 第330話 洞が峠
第331話 追従も世渡り 第332話 知って知らざれ 第333話 三味線三年琴三日
第334話 狐が下手の 第335話 自縄自縛 第336話 袖引煙草に押付茶
第337話 いずれが菖蒲か杜若 第338話 六月に火桶を売る 第339話 大人は大耳
第340話 川越して宿をとれ 第341話 博奕は色より三分濃い 第342話 触らぬ神に祟なし
第343話 土人形の水遊び 第344話 口から出れば世間 第345話 鯛も一人はうまからず
第346話 女心と秋の空 第347話 十の事は十に言え 第348話 背中の子を三年探す
第349話 ホークスを想う Ver 6 第350話 明日は明日の風が吹く 第351話 ぐうの音
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 第351話 ぐうの音

平成26年12月13日


よく会話の中で、 「ぐうの音」も出なかったらしい。と他人事話で出てきますね。これは会話の当事者の出来事ならば、やはり少し気が引けるし恥ずかしくて口には出せません。

私はあまりよく分かりませんが、テレビドラマなんかを見ていても、よく出てくる場面で奥さんに浮気の証拠をつかまれて問いつめられるのがあります。かかる時には何も言わないのが一番だと言う人がいます。 下手に弁解してボロを出して鬼の奥さんにネクタイで首を絞めあげられたら、「ぐうの音」どころか息もできなくなってしまいます。

こんなとき「ぐうの音」も出ないと言いますが、この ゛ ぐう ゛ は、本来呼吸がつまったりして苦しいときに出る声のことであり、苦しい状況に追い込まれたときに出す声のことを指します。

その「ぐうの音」も出ないというのは、非を責められたりしたとき、ひとことも反論できないことで、浮気を見つけられたご亭主のように黙るしかないようですね。

さて、今年の最終回にあたりまして当コーナーの MVP を選ぶとしたら 第343話 土人形の水遊び にしたいと思います。「・・・・細胞はあります」、の啖呵で今年の話題を鷲掴みした出来事も舞台は全世界と大きいけれども、真実は茶碗ほどの小さい小さい水溜りで展開された、土人形の水遊びではなかったのだろうかと思われます。

そして MVP と申しますと、今年のプロ野球日本一となったホークスの中からではなく、リーグ優勝を逃したチームから選出された。それほど立派な投手なら何故に昨年のマー君のようにチームの優勝を勝ち取ることが出来なかったか。ベテランスポーツ記者の投票で決まるとされています。また6年ほど前にも優勝チームから選出されなかった事例もあります。さらに今年のホークスの9月後半の出来高は、日本一になる資格も無いくらいに無残な姿でありました。 が しかし、リーグ優勝をして日本シリーズを制覇したのに、そして加えて昨年のマー君のように飛びぬけた成績をあげたわけでもない選手に MVP を持っていかれたことは記者諸氏の資質に疑いを持たざるを得ない。スポーツ記者は新聞社でも・・の仕事やろな、よく出来る奴は1面記事を書いてるわな。

今後は、MVP はリーグのシーズン優勝したチームの中から選出するものとして、例外は世界記録もしくは日本記録の数字を達成した選手に限定してもらいたい。

来年は是非とも連覇して、投票する記者共が 「ぐうの音」出ないくらいの圧倒的な活躍で、日本一と MVP を獲得してほしい。


 第350話 明日は明日の風が吹く

平成26年12月1日


今年もまた、師走を迎える時期となりました。私も含めて多くの人達も、これといって特に日にちや時間に追われている訳ではないのに、師走と聞けば何かと気が忙しく思うものではないでしょうか。

さて今回のお題である「明日は明日の風が吹く」は、古今東西多くの場面で登場していますし、この諺もまた人間が生きていく道には大切なものであり、多くの人々が一度や二度、いやそれ以上にお世話になったことでしょうね。

仕事上で壁に突き当たる、学業の道で思い道理に進まない、あるいは金銭・恋愛・家庭・社会・それに加えて自らの体や家族の健康と生きていくいく上での困難という字に道を阻まれることは数え切れないほどあります。

それでも人は、幸福を求めようとするから明日のこと、明後日のことなど、これから先のことを見据えて先を考えます。今日だけに幸せに満足して生きられないところに人間の苦労があるのですね。

しかし必要以上に理想を追い求めて心を悩ますのはあまり賢明ではありません。人は自分の力ではどうにもならない運命に支配されているものだから、今日不幸だとて明日も不幸だとは言えないはずであります。明日も今日と同じ風が吹くとは誰も言えません。まだ来ぬ明日には良き希望を抱いて、明日のことは明日の運命にまかせるように、気分転換をはかることが大事かと考えます。

歳の暮れにこの語をチョイスしたのには、今日とか明日は、今年とか来年にも繋がる語でもあるので、年内に完結あるいは全うできない夢があったならば、決してその火を消すことなく、新しい年で吹く風に乗せてみてはどうでしようかと、思うのであります。

石原裕次郎の歌「明日は明日の風が吹く」は、昭和33年に世に出回りました。私が中学校3年生の思う事多き時期でありました。成さねばならない事が沢山あり、あれこれ手出しはすれども、どれ一つをとっても貫徹することなく力不足でことごとく頓挫してしまい途方に暮れていた折にラジオから流れてきた裕次郎の歌が心に響き、今でもそのワンフレーズが忘れられません。それは2番の最後のくだりですが、「男ごころに傷がつく  明日は明日の風が吹かァ 」 と今にしてもいかにも裕次郎らしく「吹かァ」と綺麗さっぱりと明日に向かって今日の不運な出来事に決別する見事な思い切りでありました。それは決して投げやりになって、今日の不出来を顧みずに、明日への運頼みをするものではなく、明るい明日を連想させる力が込められていました。


 第349話 ホークスを想う Ver 6

平成26年11月15日


先ずは3年ぶり6度目の 日本一 をホークスファンとして嬉しく思います。

10月30日にホークスは、再び甲子園で日本シリーズを戦うことの無いように一気にヤフオクドームで、日本一を決めた。そして半月が経った今日、とりわけホークスの9月を振り返ってみて、いろいろと考えてみます。

なぜこの様な回顧をするのかと言いますと、古く我らのホークスは9月後半、あるいは10月に入ってからホークスはファンを奈落の底に落とし込む悪しき伝統を持ち合わせている事実があるからです。平たく言えば1年の詰めでホークスはファンを幾度も悲しませて来たからです。
私の記憶では、杉浦の4連投4連勝と、前回の日本一となった平成23年くらいであります、本当に強いホークスを見せてもらったのは。

皆さんも記憶に新しいところで、この小話コーナーにある平成23年12月1日の第280話 ホークス優勝 Ver2 を改めて読み返してみれば、レギュラーシーズンで2位には実に17.5ゲームも離しての圧倒的な強さで、そしてパ・セ交流線、レギュラーシーズン、クライマックスシリーズ、日本シリーズの全てに勝利して、それに加えて他の11球団に年度の対戦においては全部勝ち越すという花を添えてでの完全優勝でありました。

昨年もまた、楽天・田中マー君にしてやられたとは言え、盆が過ぎてからの時期には勝てずに特に9月での連続した敗退は、B クラスへの転落となり目を覆うばかりの惨状でありました。

そして今年も夏の9連勝があったものの、肝心の9月後半での詰めの時期には、 9/17 ○ オ  9/18 ○ オ  9/19 ○ 西  9/20 ○ 西  9/21 ● 西  9/23 ○ 楽  9/24 ○ 楽  9/25 ○ 楽  9/26 ○ 楽  9/28 ○ 日 のとおり、9月17日以降には 1勝 9敗という輝かしい成績を残しました。

その折には、例え残り試合や、あるいは運よく日本シリーズに駒を進めて勝ったとしても、もはやそれはなんの価値のない情けない優勝にすぎないだろうと、私の頭では描いていました。

前向きな評論として、 その時の勝てない苦しさが 、レギュラーシーズンの最終試合でバッファローズを退けた勝と、そしてクライマックスシリーズでは最終までもつれ込んだ末にファイターズを下した力となったと評する者もあるけれども、ファンとしては素直に喜ぶことが出来ないのではないだろうか。

今年レギュラーシーズンで2位となったバファローズに対して、済まなく思うのは私だけでしょうか。それはいくら勝負の世界にあるとはいえども、2厘差の数字よりも、もっともっと追い上げ期の9月後半におけるホークスの勝敗が1勝9敗という、あまりにも失礼な成績である。特筆は楽天を相手に4連戦に全敗したのは言語道断である。

シーズンの最終戦、 CS シリーズから見れば1勝9敗には、勝負に賭ける気迫が微塵も感じることができず、何の手立ても打たなかった秋山監督(当時)と首脳陣に加えて選手にも大罪の極みであると考えます。シーズンの最終戦に勝って秋山監督のあの涙は、長年の努力にこみ上げたものではなく、棚ボタの嬉しさに感が極まったとしか考えられない。

今年の日本シリーズでは、相手が万年にわたって勝つために有効な手立てを何も出来ない野球をしている T だから、それでもホークスが勝ってあたりまえである。

最後に、来季の監督は工藤監督と決まった。どうか近年の盆から先の「盆暗ホークス」を、正月が明けたなら日本のプロ野球は盆で終幕ではなく、晩秋の日本シリーズが終わるまで気力と体力の維持ができる根性を、ホークス魂として個々の選手が抱き最後まで戦い抜けるように倫理を構築してもらうように、工藤監督に強く願う。


 第348話 背中の子を三年探す

平成26年11月1日


今回のお題目の文字ずらからはたいそうな感じがしますが、この言葉の使われ方は日常生活の中で 人はついうっかりとすぐそこにある物が見つからないで、あちこち探しまわることの例えを言います。

例えば漫画などで、頭の上にメガネをあげて一生懸命メガネを探しているのを見たことはありませんか。これに近い事をやった経験は誰にでもあると思います。 まぁいずれにいたしましても、これに類似する行動と、他にも物忘れや、ついうっかりは加齢とともに防ぎようのない事であり、その時には誰でもかなりのショックを受けるものであります。

ついでではありますが、最もきまりが悪いのは、ばったり出会った方の名前が出てこないことであります。昔に仕事の上で関係があったとか、話の中で、ホークスがダイエーであった頃の王監督の前の監督は誰であったのかという具合であれば仕方がありませんが、かなりの交誼があった当人を前にしての名前が出ないときは、話を逸らすのに冷や汗をかきます。

この様な瞬間には、誰でもいろいろと努力をそれていることと思いますが私の術としては、 あ・・青田 い・・井上 う・・上田 え・・遠藤 お・・太田 という具合に単に思いつきの名字を頭の中で唱和します。一巡目で ゛はっ゛と気付くときはラッキーですが、2巡・3巡しても記憶を呼び戻せない場合も多多あります。何年も前になりますが、かかる場合にはあきらめることなく成就するまで考え続けなければ、途中で投げ出すのは脳の為には好くないとの話を講演会か何かで聞いたことがあります、真意の程はよく分かりませんが。
それ以来私は、時と場合によってはその場で思い出せなかったとしても、その日の就寝前には必ず解決するようにしています。

しかし、人というものは頭がこのように段々とフェードアウトするからこそ、無事に最期を迎えることができるのであって、逆に頭がシャンシャンしているのにあの世に向かうのでは、あまりにも不幸であるとして、最近はあまり拘ることのないようにと努めています。


 第347話 十の事は十に言え

平成26年10月15


十の事を十に言うのは、人間社会においては当然の倫理であることは誰にでも分かってい極あたりまえことでありますがそれが出来ていないからこそ、この言葉があるのですね。
こちらの意向を相手に十分にわかってもらうためには、過分に言っても、殊更過小に言い足りなくてもならず、過不足なく言えということです。

しかし、昔からの言い伝えとして、十の事を十に言っていたのでは商売にならない仕事もあるようで、その典型的なものは「周旋屋」と「仲人」でしょうか。
現在では「周旋屋」という言い方は耳にすることは無くなりましたが、不動産関係の売買や使用に関する賃貸契約等の当事者間を仲立ちすることを業とする仕事を指していました。この仕事も時代と共に多少事業形態に変化がありまして、単に仲介するのみに止まらずに自らが開発や分譲に加えて賃貸も行うことで広く不動産管理業として呼ばれるようになりました。それ以外にも呼称の変化には諸説があり「周旋屋」はあまり使われることのない業名となりました。 一方「仲人」は、今も広く使われています。

この二つの生業に手を染める方達は、決してウソは言う事は無いであろうと考えますが、長所は増幅してセールスポイントにしますが、短所は隠すわけではありませんが、滅多に口にはいたしません。

十の事は十に言え、とは十の事を十五に尾鰭を付けて言ったり、または十の事を不利になる事柄を言わずに隠して六つや七つにして言ったらならないという戒めなのでしょうか。

或いは話法として 自分の意思を他の人に十分に伝えることは難しいものであるから、こちらでわかっていても相手は必ずしもそうは受け取っていなかったりする事もよくあるので、思うところをよく理解してもらうには話の道筋を順序立てて、内容のすべてを落ち度無く話すようにしなければならないということなのでしょうか。

全ての世の意思伝達が、十の事を十に言って、十の事を十に聞き取ってもらうことが出来たならば、国同士や、報道機関を含む企業関、そして人間の個人間での諍いは皆無となることでしょうね。


 第346話 女心と秋の空

平成26年10月1


どうもこの語は、そもそも「「男心と秋の空」が先に、それも世間では女性の移り気など認めがたしとされていた江戸時代に生まれたらしい。

しかし時も移ろい明治も過ぎた次の世で、大正デモクラシーなる風潮とともに女性の地位向上が浸透しまして、恋愛における男女の価値観も変わってきたようであります。つまり 「女心と秋の空」という語が誕生した頃と考えられます。

ところが我が国に於ける男女の地位的な確立は、実際にはまだまだ後のことであり、男女雇用機会均等とか、先の第二次安倍内閣では女性閣僚が5人(第1次小泉内閣でもあり)なんというのは本当に現在の世で実現したことであります。

ではお題の 「女心と秋の空」から連想される恋愛の中にある男と女は、いわゆる戦後においては女性の存在感は急速に揺るがぬ地位向上を果たしてまいりました。そして時代が進むにつれて女性の心の方が変わりやすいというイメージが強くなり「男心と秋の空」という言葉すら忘れられてしまったのです。

現在では、言葉としては 「男心と秋の空」よりも「女心と秋の空」の方が圧倒的に多くの認知をえています。なによりも平成時代の今、いろいろな分野におきましても女性の方が強く活発になり、総合的な見地にたてばまさしく、移り気の出来るのは女性の方が上位であることは誰しもが認める世の中となりました。

まあ、地上の生物では圧倒的に雄よりも雌の方が体も大きくて幅を利かせているのは事実であり、ライオンと人類ぐらいが思いつく雄天下でありましたが、幾分か人類は雌の世へと地球の温暖化と歩を合わすがごとく向かっています。

女性が世を支配する頃には男は温かく女性に扶養されて働かずして暮らせるなぞは到底あるはずもなく、単なる子孫を残すための働きしかできなければ、さらに強烈に「女心」の支配を受けて、テニスででも世界一になるような能力がなければ、蟻か蜜蜂のように働かされるのみの生き物とされているかもしれません。

我が人生は、男優位の最後の時期に生きられたことを感謝しなければなりませんです。


 第345話 鯛も一人はうまからず

平成26年9月15


ワールドカップとか J リーグ等のサッカーの試合を観戦する形態を見れば、そのスタンドは一糸乱れず応援するあの風景は、いかにも紋切型であり面白くありません。もともとサッカーは国同士の戦いを応援することが根底にあったから仕方のないことかも知れませんが。

しかし、日本のプロ野球にも定かではありませんが30年ほど前からは似たような向きがあります。球の大きさには違いがありますが、1球を見つめて一喜一憂する辺りは野球とサッカーは同じですが、どうも紋切型応援は、高校野球ならいざしれずプロ野球には似合わないと考えるのは、私だけでしょうか。

大リーグを応援しているアメリカ野球の姿は、確かにウェーブを描いて集団的に行動をしているかにも見えますが、本当はチームへの応援もありますが、もっと個人のプレーを見て楽しんでいると聞いたことがあります。

以前は日本のプロ野球ファンも同じく、ヤジを飛ばしながら選手の活躍を見て、相手チームにファインプレーがあれば盛大な拍手で選手を称えるという具合で、そのような観戦のスタイルが定着していました。

さて、今回のお題はと申しますと、 鯛のようなうまい魚でもたった一人で食べたのではうまくないということで、山海の珍味も一人で食べたのではうまくないが、大勢でいっしょに食べるとおいしく食べられるというものです。そして野球やサッカーのスポーツ観戦も一人では楽しからず、烏合の衆のごとく群衆でというのは、鯛の食べ方と同じ心理からくるものでしょうか。


 第344話 口から出れば世間

平成26年9月1


内緒の話であったとしても、ちょっとでも口をすべらせれば、どんなに大事な秘密事でも、ひろく世間に発表したのと同じである。たちまちひろまってしまって、どんな手立てで消しにかかっても、もはや秘密が秘密でなくなってしまいます。

類似する言葉には、ささやき千里というのもあります。現在ではささやき(twitter)は地球の隅々まで行き渡ります。

言うてならない隠し事は、まず女房に言うたらあかんという。いずれにしても他言をしてはならない事情とは、自身に莫大な金銭的とか人生上における利得を抱えている場合が考えられます。よくある話として、例えば1億円の宝くじに当ったら、じっと黙りとうせるかいなかという話があります。大抵の場合には喋ってしまうという結末になるそうですが、皆さんならどうでしょうか。

また、秘密の話や中傷話を誰が 言ったとか言わなかったとかで、売り言葉に買い言葉となって、あらぬ方向へと話が発展しまして、いつの間にか10代の若い命が、ひとつまたひとつと消えていく現在のスマートホンや携帯電話の憂慮する世界も、同じような問題を抱えています。

口に関する諺や、戒めは沢山あります。口は人を良くもするし悪くもします。丁度1週間前に第96回全国高校野球選手権大会が大阪桐蔭の優勝で幕を閉じました。

そしていつも思うのが、監督さんの日頃からの言動によるご指導の大変さを考えます。野球技術の指導については全国制覇のチームから地方大会の1回戦で終わるチームまで開きは、これはどうしようもない差があることでしょう。少年野球からやがて野球界で名を馳せることを夢見て、いわゆる野球学校に進むような有能な生徒を多く抱える学校から、最近はチームの9人に満たない学校には数校合同チームをもって参加する道も開かれています。

しかし、かの超有名校で長期に渡って野球部監督が不在となっています。まあ超有名校であるが故の滞りでしょうが、校長が自らユニホームを着てベンチ入りするよりも、適任者を一日も早く選ぶことに傾注してもらいたいとも考えます。それにしても、今年の大阪大会準優勝は立派でありました。出来るならこの事情の中で、つまり事実上監督不在のチームが生徒達で作戦を練り実行するチームで甲子園の土を踏むという、高校野球の歴史に1ページを飾ってもらいたかったと思っています。

まあ、あこまで監督の選任が暗礁に乗り上げるのは内には相当な葛藤があるのでしょうね。立派な OB も沢山おられる名門なので、いずれ決まるであろうと思っていた監督もなかなか決まらずに今日に至っていますが、その決まらない内実について関係者は固く口を閉ざしている様で、スポーツ新聞の記事でも近頃は見かけることはできません。

案外、富田林の山で誰かの口からポロッと出た秘密が山を下って、隣町の狭山に伝わりやがて世間に広がって、それが既定の事実となり強いチームの監督が決まるとなれば、口から出れば世間もまた楽しからずやであります。



 第343話 土人形の水遊び

平成26年8月15



一週間前の朝刊に「・・・細胞と失楽園の真相」と週刊誌の宣伝記事の見出に載っていました。この出来事も報道にある以外には何の成り行きも知らない我々ですら、今年に入ってからの一連の動きには、終着駅だけが不思議と想像がついたのではないでしようか。

古今東西、歴史的に見てもあらゆる方面で世界一と評されてきた大人物は幾人も存在しました。そしてその人ですら、朝には朝飯を、昼には昼飯をと、もちろん夕食も取って生きる人であれば、どうしても避けて通れないものに欲望というものが存在します。まあ、それが新聞というものが広く世界で読まれるようになってからも、いわゆる三面記事のネタとなる欲望の結末記事が切れすることはありません。

「火の車、作る大工はないけれど、自分で作って、自分で乗る」という諺の通り、人はどうしても出してはならない欲望に蜜の味を求めて手を出してしまう、生き物であるように思われます。

今回のお題は、土で作った人形が自分で水の中に入って遊びだし、体は次第に水に溶けて結局は溶けて滅亡してしまうであろうが、 この様に、してはならぬと知りながら自分の身を滅ぼすような行為をすることのたとえとされています。

しかし、今の世の中では土人形も進化して、防水粘土を使ったり、あるいはウェットスーツを着込んで水遊びをする時代となりまして、なかなかすんなりと身を溶かさないので始末が悪いものです。

先述の今回の出来事というか事件においても、組織としてホームランを打つ使命に迫られていたともあったことと察しますが、それだけではない他の要件が絡んだとの推測は誰にでもできます。そしてそれは下衆の勘繰りでも十分に的を得ることができて、何も高学歴の研究組織でなくても、町内会において日常の活動中においても起こる得る種々の問題でも最も身近な男女問題があったと想像することが可能です。

出張で超高級ホテルを利用したとか、その他の思わせぶりの記事がすっかり影を潜めまとたけれど、こんなのはどうだろうか。確かに組織とか研究内容は高いところにありますが、つまるところの問題点は、研究成果の先陣争い、我か俺かの名誉欲争いと、失楽園への参加争いの三点争いに集約できるのではないでしょうか。

そうすれば、前者の二つはどのような社会にあっても山積するほど存在するもので、いちいち命を犠牲にしていたのではやっていけません。そのような競争の世界でも勝ち抜いてきた戦士には、それが故に凡人には備わっているはずの恋愛免疫性が欠落していたのではなかったのかなと思われます。
舞台となった世界は大きいけれど、小さい小さい水溜りで3人ほどの土人形が水遊びをしたのではないだろうかと思えてならない。


 第342話 触らぬ神に祟なし

平成26年8月1


長い竹の爪楊枝を口にくわえ、三度笠で顔を隠した紋次郎が「あっしには 関わりのねぇこって」との名セリフで始まり、最後には弱者を命を懸けて守るという、ご存じ、木枯らし紋次郎のお話があったのは、昭和47年であります。

「向こう三軒両隣」とかで、とにかく血縁関係は言うまでもなく地域社会においても互恵関係の良さが我が国の美徳であったのが、その後に迎える高度成長期のネガテッブな副産物として索漠な日本社会へとの転換していきました。住宅環境も平面から縦型の、いわゆる共同住宅が急激に進んで「隣は何をする人ぞ」てな具合に変わってきました。

これに連鎖するように、 時代は「何でも関わる」から、「何も関わらない」に世の中が大きく変化していく様を、物語の作者である笹沢佐保は捉えて、よき日本の風俗を呼び起こそうとして世に送り出した時代劇であったのではないだろううかと、今でもそう思っている。

現在の世での一つの例え話として、AED の取扱研修を受けて一応の使い方を習得していたとする。そしてそれを遂行すべき場に遭遇したとし、その場が自らの地域社会にあるとか、或いは常日頃から仕事上の関係範囲であれば、迷わずに誰でも行動を起すことと思います。
しかし、それが見ず知らずの場であれば、どうであろうかとすれば残念ながら横目で見ながらも通り過ごすのではないだろうかとする懸念が残ります。

いつの間にか、 この世のなかには、へたに手をだすよりも知らぬ顔をしていたほうが得だという風潮が定着しています。勇気を出して関わってもそれが失敗に終わったならば、感謝されるよりも逆に責任を問われかねない昨今には、関わりあいさえしなければ災いを受けることはないということになってしまっています。

事例によっては確かに「触らぬ神に祟りなし」が見事に当てはまる事も有ると考えます。しかし、小さな善行であっても勇気をもって世のため人のために関われる世として「触らぬ神に祟りなし」は、「悪事には触らぬ限り祟りなし」でどうでしょうか。


 第341話 博奕は色より三分濃い

平成26年7月15


私はまだ若かった頃にこんな話を聞いたことがあります。

それは人というものは突き詰めて考えてみれば、一番に大切なものはやはり自分の命であると。
それでは次はと言われば何だろうとなれば、口では親とか子供、配偶者や兄弟という具合になるであるだろうが、しかしこの世で生きている限りにおいて誰でも心の奥の深いところでは「金」であると、その人は言い切った。

いろいろと理屈をつけてみても、特別な思想や宗教を別としたら、十分に納得の出来る話であった。

そして、博打という者はその金を賭けの道具にしていのだから、これほど心底から傾注できる事は外には皆無であるというのである。彼は子供の頃には同じ歳であって、この話を聞いた時は、その道のプロでありました。

一方、今日現在におきましても、いわゆる三面記事に色恋がもつれにもつれて、挙句の果てに新聞記事のねたになる出来事は後を絶ちません。

どうも一般的には、博奕に走る男と、色恋に走る男は別ものであるらしい。これにいわゆる呑むを混じって男の三道楽が形成されてはいますが、単に数では圧倒的に呑むが多いと思われますが、一旦嵌り込んだら抜き差しならずに奈落の底まで行き着くとこまで行かなければならない道楽で、家庭を始めとして親類縁者や世間を巻き込む悪は、いわゆる悪さの濃さは博奕が一番、次に色となるのでしょうか。

昔から「博奕と相場は死ぬまで止まぬ」と言われて、博奕の魅力は女道楽以上とされています。これには男が三道楽に嵌る人口を推計すれば、すそ野が広いのは呑むであろうし、女から博奕と私は考えます。まあこれは基準点をどこにするのかによりまして意見はいろいろとあることと思います。

しかし、すってんてんに負けこけて、着物一枚のずぶ濡れ姿で路頭に迷う姿を連想したとしても、なお粋に着こなした博打うちの恰好良さは、男の最高のロマンではないでしょうか。

人が現実世界とかけ離れた、想像の中に恰好の良さを映し出すとしたら、呑、色よりも博奕が一番でしようね。

もとより比べることが難しいものをあえて濃さを比べれば、ロマンの濃で決まるのではないだろうか。


 第340話 川越して宿をとれ

平成26年7月1


日本の気候として、この時期には梅雨明けを目前に大雨が降ることがよくあります。雷が鳴って大雨が降り、空には特大の虹がかかりまして、次の日から青空とともに真夏の太陽が輝くというのが、古くから忘れられない七月の行事でありました。

ところが、今年など梅雨の入りである時期に、関東方面を中心に大雨が降りました。また道路に溜まった雹で車が通れなかったりと、なにかにつけて天候、気候という長年踏襲されてきたものが崩れつつあります。

それにいたしましても近年は気象衛星の働きによりまして、当たらぬものは天気予報の時代から、かなりの小地域に至るまでの正確な天気予報が誰にでも簡単に享受することができるようになりました。

さて、昔は大きな川での橋は大雨ですぐに流出したり、または幕府の政策上によりまして、大きな川には橋がなく大雨が降ると川を渡ることを許されずに、川止めとされました。もし川の手前で宿をとった夜、大雨でも降ると翌日は渡れなくなるので、その日のうちに川を越してから宿をとるのが安全だというのが今回のお題であります。

しかし、現在の世ではスマホでお天気情報を見たうえで、渡る手前の宿に旨いものがあるとか、サービスがいいとかであれば、あわてて川超しなくともよく、楽しく旅をすることが出来るのです。

まあ、今の時代にこの語の意とするところは、何事も当面する難問や、気が進まぬ事案は、率先して先にやってしまえという事です。商取引のような場合には先んずるよりもじっくり思案という手もあることでしようが、凡人の世では「川越して宿をとれ」のごとく早い目速い目を旨に生きる方が得策である。


 第339話 大人は大耳

平成26年6月15


大人は大耳・・・だいじんはおおみみ

この大人は大耳は、普段にはあまり慣れ親しむことのないような気がしますが、なかなか有名な諺のようです。

私は、この語の「大耳」をして少しちがう方のイメージをしていました。それは大耳とは世のすべてについて、その道その道で大量の情報を取集する能力のある人を言っているのではないかと考えていました。

例えば山岡荘八の織田信長に書かれています少年期の信長は、荒縄で腰に「握り飯」「ひよたんの水筒」など訳のわからぬ物をぶら下げて裸馬にまたがり連日のように尾張界隈を走り回って、川遊びや地下の子供を集めては相撲を取らせていたいう。それがやがて「桶狭間の戦」をはじめとして、尾張や美濃攻略の糧になったというのである。まさしく桶狭間では、小軍が大軍を撃破するための戦術として桶狭間の地形を熟知して、今川の大軍を分断させるための行軍を地元の民百姓に導きさせたり、いよいよ戦を仕掛ける折には、手薄な的軍の本陣のみに総攻撃を仕掛ける戦術は、今で言う情報収集の集大成がもたらしたものであったと言えます。
その信長が、丹波に向かったはずの光秀が、京の本能寺に向かう可能性を何故感知することができなかったのかは、大耳だけでは情報収集にも限界があったのか知れません。

この様に大耳とは、情報収集からその蓄積と解析の上に立って、行動力に生かして大成することかと思っていました。

しかし、この語はそこまで強く求めたものではなくて、もう少し小さく一人の人間として真に優れた良き社会人を、大人としての気質形成の一つの要素として謳われているように思われます。

この様に今回の大人は、単に成人を指すのではありません。人の意見に耳を傾け慎重であり謙虚さがある、いわゆる常識人として尊ばれる人のことです。そして常に諸所方々から耳に入るこまかなつまらぬ事を一々気にとめない度量のある人のことであります。
こうして書き表しても実際には人の世の中では、その精神が健康的な者であれば耳に入る雑事は簡単には聞き流すのは難しい事です。

難しい事であるがゆえに、この様な諺も存在するのです。よって無理に大耳にはならなくても、ネットなど情報の氾濫する現在では、せめて「中耳」くらいで過ごせたならば、それでいいとしましよう。


 第338話 六月に火桶を売る

平成26年6月1


なぜ 「火鉢」 ではなく 「火桶」 でしょうか。六月に火鉢を売る、でも十分意味が通じますが、あえて火桶として言い伝えられたこの諺は、その歴史さえ感じさせられます。

さて、火桶という限りはやはり木を材料として作られたものですが、桐など上等な素材が用いられたようで、なんといっても火を入れるものなので、内側には金属板を張ってあったとのことである。また胴の外回りには色彩がほどこされていたらしく、古く平安時代以降から用いられていたとのことである。炭火を入れて暖を取る道具であるので、火鉢と全く同じものであるが、鉢は普通には土を焼いて作るものなので、火桶の方が高級な感じがいたします。そして、桶とか鉢は円形ですが、四角い方形のものも、火桶とか火鉢と呼称されていていました。時代劇の映画や芝居での場面にはよく登場し、昔から生活に密着した道具であったことが窺えます。

この様に日本では古来から、居間に設けられた「いろり」と共に、寒い冬の暖をえる道具でありますが、それが首筋にじわーと汗が滲む季節には寒かった時期に抱き込むように重宝された「火桶」もすっかり邪魔者扱いされるのが世の常であります。ただでさえ邪魔になる物が売られていても買う者もありません。することが的外れであったり、 季節に外れたものの例えとされた諺です。

以上のごとく「火桶」の本来役目は暖をとる役目でありました。しかし昨今家庭用エアコン器具は、冬は暖房具として活躍して、六月になると冷房具として活躍する。だとすれば火桶に氷を入れて足でも冷やしたら、六月に火桶を売るのも至極当たり前の様に思いますが、残念ながら火桶は古く平安時代にも存在したらしいが、当時に氷屋が有ったかどうかは不明である。しかし無かったからこそ、今回のお題が存在するのですね。 


 第337話 いずれが菖蒲か杜若

平成26年5月15


今の時期に咲く綺麗な花として 「菖蒲」と「杜若」があります。皆さんもご存知の 「いずれが菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)」 という言葉があるわけですが、 あやめとかきつばたは花がよく似ていて見分けにくいところから来たようです。
そしてこの語には、今ではどちらも優れていて優劣をつけがたく、選択に迷うことの例えとされています。しかし元は例えとして双璧の美人がいるときに、その二人を言いあらわすのに使われていたようです。時代とともにだんだん変化して優劣をつけがたいと言った風になったようです。ただこれらはいずれにしても、美しいとか、なにかで勝っているという格付けが出来なければならないようです。

またものの本には「いずれ・・・・・・・」という具合に「いずれが・・・・・・」のように「が」がない場合もあります。

一方、優劣をつけがたいのと正反対な言葉として、我ら南河内の地方に 「あもか餅(もち)か」 という言葉があります。餅は標準語でありますが 「あも」 は方言だと思います。先の菖蒲と杜若は全く別の花ですが、「あも」も餅のことで物体は同じものですが、言葉の意とするのは、どちらも劣っていて比べようがないということを指します。

つまり、菖蒲と杜若は勝っている二つの比較であり、あもともちは、劣っている比較という訳であります。しかし一般社会の中で餅も、あもも決して劣っているわけでもなく、昔から一種の保存食でもあり、正月や祭りなどの祝い事では神様にお供えをしたり、有難く食した高級な食べ物であるにもかかわらずに、なぜ劣るものの例えとされたのかは、意味不明であります。

さて本題の菖蒲と杜若は、理解しているつもりでありますが、ちょっと色々と調べてみますれば、ここに「菖蒲(しょうぶ)が登場してまいりまして、菖蒲(あやめ) と、菖蒲(しょうぶ) とは字は全く同じですが、植物としては別ものであり、杜若を加えた三つの花は何が何だか、どう区別するのかよく分かりません。
私は植物のことには特に疎く、こうして書いていても何の事か混乱しているのであります。

いずれにいたしましても、目に青葉の新緑の候、五月晴れの空ら下で、心も美しくなる菖蒲と杜若を楽しもうではありませんか。


 第336話 袖引煙草に押付茶

平成26年5月1


タバコがお題に上がっていますが、少し我が国での近年の成人喫煙率(男性)を調べてみますと、平成元年では、55.3 % であり、平成24年では、34.1 % という厚生労働省国民健康栄養調査結果が示されています。この数字を見て、思う程に喫煙者が減少していないのだなと感じました。
何故かと申しますと、自分の周囲に居る人々について、現在まだ喫煙を続けている人は、地元自治会のメンバーでは皆無で、私が首を突っ込んでいる2〜3の趣味の会仲間では、ある自動車屋の主人くらいで、元職場の OB 会では大体3割強の人たちが今だに愛煙家です。いま述べました人達は、同年代のいわゆるシニアですので、年寄りの喫煙者は大きく減少しているが、働き盛りの年代では減少率が鈍いということになるのでしょうか。

一般的には近年の煙草の値上がりが健康上の理由に覆いかぶさるように禁煙の機運を加速させているものと思いますが、もっとも働き盛りの年代での現状は知るよしもありません。今は喫煙場所を職場でも厳しく隔離されて限られたエリアでのみ喫煙が許されているようです。公共交通機関施設を始めあらゆる施設においても、愛煙家の憩う場所が激減したことは皆さんご存知のとおりであります。

私はそんなにヘビースモーカーではありませんでしたが、一日一箱のペースで吸っていたと思います。そして体力の衰えを少しでも抑えたいのと、やはり「癌」という誰もが恐れる字により、満50歳で禁煙しようと考えていました。ところがズルズルと禁煙することなく3年ほどが過ぎた頃に、眼球の毛細血管が破れて兎のような赤い目玉になる炎症を患いました。治ってはしばらくして再発を繰り返して眼科医からタバコが体に合っていないのではとの説明をうけまして、自分の思いも重なって案外難なく禁煙ができました。その頃にはまだ職場でも机の上に灰皿が存在していましたし、勤務時間内であっても喫煙は慣習的に許されていました。

しかし、その後には世界的にも禁煙の気運が広がってきたと思います。そしてそれに大きな影響を与えたのが、自動車の F1 界でした。それまで世界のタバコ名がボティーに派手に書かれていましたが、調べたところ平成18年にはすべて消えたとのことでした。いわゆる洋モクと言われた外国タバコを私も以前は買っていた時期もありました。それはそれで恰好がよかったのです。

さて、袖引煙草の意味は分かりますが、帰ろうとして立ち上がったときに袖を引いて、煙草をすすめられたという場面は、大きな四角い火鉢の傍に座り、きざみたばこをキセルに詰めてぷかぷかとやっている姿を連想するのではありませんか。すくなくとも近世ではちょっとイメージが浮かび難い気もします。

袖引煙草に押付茶は、勧められても人にはそれぞれ都合があるので、返ってありがためいわくであるというのが本来の意味するものです。それにしても、押付酒という言葉が生まれ無かったのは何故でしょうか。それは押付られたとしても迷惑どころか、なお結構と有難く頂けたからですね。


 第335話 自縄自縛

平成26年4月15


自縄自縛・・・じじょうじばく」

「はい、よろしやす。」 と前後の考えも無く軽々しく引き受けて、後で後悔しきりという、いわゆる安請け合いをして苦しんだことはありませんか。

おまけに、日頃から自分は約束は必ず守ると公言しているために、自分の言ったことが原因になって、自分の動きがとれなくなることを自縄自縛におちいると言います。これは自分で綯った縄で、自分を縛ることであります。

生きている生活環境の中で、義理につまされて自縛する羽目に陥ることもあります。しかしその場合には、自縄となる事情は他の目からも認められます。そして自分自身にも後悔とは無縁であり、むしろ肩の荷を下した気分になることと思います。

一方、一度ならず二度三度、いやもっと繰り返すのが、己の口から深い思慮もなく発する安請け合いではないでしょうか。心の隅には金銭欲、名誉欲や色恋欲が出没することもあることでしょう。しかし欲が絡んだ方が後で自縛の念に陥ったとしても、自分の馬鹿さ加減を認めて気持ちの整理が付き易いかもしれませんですね。
それが何の考えもなく、いきなり目の前に飛んできたボールをキャチしたがごとくに抱え込んだ物事が、さて手を加えてみたら易々と終結の糸口が見つからない難問であったり、時間や人手、あるいは金がかかるという具合に自分を苦しめる場合もないとは言えません。

ある程度の目論見を持って掛ったとしても、結果として旨く事が運ばないのは世の通りというものです。一念発起で事業を起こしてはみたけれども結果は失敗というのは、今回のお題には当てはまらず、もっと軽いお話の中で起こりうる事象についてではないかと考えます。

日頃から自分の身の近くで起こりうる些細な出来事に対して、 自分の心がけ、または言行によって自分自身が動きがとれなくなり、苦しむことかと思います。このような事から、昨今は昔から育まれてきた地域活動にも誰もが引っ込み思案となりまして、運営に支障が来しているとの話を耳にしますが、行動や言動に大義がある事象には、人をおしのけてまでは不要ですが、もし声が掛れば参加して関わりを持たなければならないのは、言うまでもありません。世のため、人様のためになるのであれば、自縄自縛の念もまた楽しからずやとしましょう。


 第334話 狐が下手の

平成26年4月1


「狐が下手の射る矢を恐る」

いよいよ今年もプロ野球のペナントレースが開幕いたしました。さて、解説専門家の予想どおりの順位と事がはこぶのでしょうか。ホークスがいい船出をしたことは、大変うれしく思います。

先月の中旬以降には、新聞やテレビのスポーツ記事ではパセ12球団の戦力分析が報じられていましたが、何と言っても投手力が最も重要視されています。そしてこの時期にいわゆる先発投手として名が上がった人たちも、やがてゴールデンウィーク明けの頃には2〜3巡の登板をこなしていることでしようね。 そんな中で、どこのチームにもあてが外れた二軍行の再調整者が出てきまして、その穴埋めをする投手が登場してきます。

そして、この時期に現れるのは剛速球を武器とする投手達であります。いい投手というものは、球が速いか、あるいはコントロールがいいかであります。が何と言っても速い球を投げられるのには、努力もありますがやはり天性が第一です。

しかし速い球を投げる人にはコントロールの定まらない「荒れ球」ピッチャーが多くて、滅法速いが投球の行先は球に聞いてくれというタイプであります。

そこで今回のお題が登場となります。お題のもともとの意味合いとしましては、
上手なものの矢は的の方に飛んでくるが、下手な者の射る矢はどこへ飛ぶかわからないから、利口な狐は逃げ場に困るというものであります。

このように狸も恐れるように、ノーコンピッチャーは打者に的を絞らせずに何度かはスポーツ紙を賑わせますが、その多くは再生工場行となります。そしてコントロールが付くようになると、普通の投手となって再び名が活字にならないことが多いのです。

さて、お題とお話しの内容がコントロールの定まらないことになりましたが、当世近隣諸国から「下手の射る矢」のごとく、とにかくむちゃくちゃな矢を打ち込んできます。利口な狸の
我が国は逃げ場を探すのに必死の戦いであります。


 第333話 三味線三年琴三日

平成26年3月15


先日、津軽三味線と尺八のコラボレーション演奏会がありました。場所は和食レストランという感じで木材をふんだんに使った構えで、一応畳ではなく椅子席で構成されています。カウンターもあり一部はオープンキッチンになってありまして、全体としては落ち着いた雰囲気のあるお店であります。

まず三味線三年琴三日は、演奏会の開始に先立って、季節の和食フルコースと申しましようか、約1時間半余りの食事会がありました。その折に相席となりましたご婦人から、お目当ての食事会後の演奏会についての話題となりました。その中で相席のご婦人の口から「三味線三年琴三日」なる言葉がでまして、いろいろと和楽器の難しさについてとりざたされました。

今の暦は、三月でありまして「
三味線三年琴三日」のお題は、この小話コーナーのシリアルナンバーも丁度、第333話でありまして非常に強く「三」に因縁を感じているところです。

さて、私は和楽器どころか楽器はなにも出来ませんが、聞くことには多少の興味がありジャンルを問わずに聞きたいと思えば何でも聞きに行きます。
そして先述のご婦人の言われる事には、三味線三年琴三日という言葉がありますが、琴が3日で弾ける訳がありませんけれども、要するに三味線を一応人に聞いてもらうまでにはかなりの手間ひまかかる物ということです。
実際に個人差はあるものの、撥が手に収まるまでには1年で、2年してまぁ弾ける、そしてちゃんと弾けると人様に言えるのには3年かかると言われているとのことです。


演奏会はまず津軽三味線の演奏から始まりました。演奏に先だちまして、津軽三味線の楽器そのものの説明と、成り立ちについて奏者からのトークがありました。竿の太さと、弦の太さや、三味線の音の変化に演奏中でもチューニングが必要なこと加えまして、特筆は太鼓の革が猫ではなくて、犬であるとの事など興味深いお話がありました。なお演奏者の方は、日本に来たという感じであり、主にフランスを拠点に海外での演奏を中心に活躍されているようです。

演奏のインプレッションとしましては、太く強い音色をイメージとしていましたが、むしろ繊細で優しい津軽三味線でした。

次に尺八の演奏では、楽器の説明よりも、
首振り三年ころ八年についての演奏技術の披露がありました。私は首振り三年という言葉は知っていましたが、ころ八年は全く知りませんでした。実際に音を出して聞かせてもらい、大変感動いたしました。洋楽器や和楽器も含めて全ての楽器の演奏においても類似する演奏技術は存在しますが、いま改めて耳にしてみて、尺八の素晴らしさを感じました。

なんか、今回の演奏会を聞きに行きまして、演奏や食事のことよりも、
三味線三年琴三日と、首振り三年ころ八年という今まで知らなかった諺を知りえた事ばかりが嬉しく思える帰り道でありました。


 第332話 知って知らざれ

平成26年3月1


今の世の中では大変難しい、ことわざとなりました。現在ではむしろこれは過去のものとされてしまった感じもします。

しかし、あらゆる場において、
よく知っていても知ったふりをしないのが、おくゆかしいのかである。


知らないのに知ったかぶりをして、何でも抱え込む態度も決して褒められたものではありませんが、今は積極的な性格で、知らぬことでも知っているふりをするような者のほうが世に栄えるというのも、これまた当たっているようです。

有言は銀、無言は金のごとく積極的に発言するよりも、控えめに黙り込んだ方が、他から支持されて得をした時代はすでに過去のものとなってしまったようにも思えてなりません。

話の内容にもよりますが、少々知らない事であっても、積極的に話の輪に加わって気が付けばいつの間にか中心で舵取りをしている人と、反対にほっかむりをしてその場をやり過ごす両極端な人間模様は、どこにでもあります。

ほっかむりは、大変都合の良いツールでありますが、常時その手を使っていたら、今では人に相手にされなくなります。
ほっかむりとは手拭やタオルで頭から顔にかけて被ります、そうすれば左右の視界が少し遮られますので、今まで見えていた物事も見えなくなるわけです。 つまり、見て見ないふりをするとか、知らんぷりをするのに好都合になるのです。

さて、冒頭では「知って知らざれ」は現在ではもはや死語のごとくといたして参りました。がしかし、
一線で仕事をこなしている年齢層においてはいざ知らず、年齢を重ねた者には何も自らが口に出して言わなくても、周りから教えを乞われるような人格を築くことこそが、理想の生き方と考えられます。


 第331話 追従も世渡り

平成26年2月18


「追従も世渡り」の「追従」の字には、
つい‐しょう と読むのと  つい‐じゅう と読む場合があります。今回のお題では「ついしょうも世渡り」であります。 

ついしょうは ・・・・人のあとにつき従うことでありますが、これが転じて、人の機嫌を取る言葉 のおせじを言ったり、こびへつらいや、おべっかを使うこととされています。

ついじゅうは・・・・・人のあとにつき従うことは同じですが、
人の言う意見に従ったり、あるいは行動を共にすることとされています。

さて、ついしょうも世渡りを考えてみれば、これは私が勤め人を退職して丁度10年を経過した今、改めて現在のサラリーマン社会について、後輩に聞いたり又は全く異なる分野で活躍されている人々にも時ある毎に聞いてみても、
人の機嫌を取ったり、またおせじを言ったりする気遣いは減ったと口を揃えて言います。その代わりにセクハラ或いはパワハラなる事象に気を配らなければならないとの事です。
当然に10年前にもすでに職場環境には、その変革は浸透しつつありましたが、まだまだ全ての社会に於いて率先して尊守されていたとは思われませんでした。

やはり、この10年に於いてはこのような事象は、大きく舵取りされて進路変更がなされたものと考えられます。

しかしながら、
人は自分に対するおべっかやお世辞を喜ぶ本性はこれまた不変の性といわなければなりません。個人のみならず組織をも動かす時、あるいは若い者を育てる過程ではどうしても必要な技法でもあります。

一方、
お世辞を受ける側は、それはうぬぼれを満足させてくれるから喜びますが、それを言う側は自尊心を自ら踏みにじらねばならぬと言う辛さがあります。しかし世の中には「辛いからお世辞は言いたくない」ではすまされないこともよくあることです。自分自身が、或いは仕事社会の組織が、また家族が円滑に世渡りが出来るのなら、人にへつらい取り入るのもやむを得ないこともあります。

自分自身を許せないとか、他からの目をきにしてお世辞を言うのをやめて意地を通したものの、その対価としては得るものが少ない割には、その後にあらゆる面において自分の生きていく世間を小さくしてしまうこともよくあります。

なぜあの時にもう一思案しておかなかったのかと、後悔先に立たずとならないよう「
追従も世渡り」は、人生を生きる上での大事なツールである。


 第330話 洞が峠

平成26年2月1


洞が峠をきめこむ

洞が峠は、現在の
大阪府枚方市京都府八幡市 の境に位置する実在の場所ではありますが、今ではくねった道の峠もなく、地形が少し盛り上がっている所という感じです。ここからいわゆる天王山とか山崎の古戦場は北方面に約5kmぐらいにあります。

この語が用いられる意味としましては、相争う二者間の形勢を見ていて、どちらにでもつけるように体勢をととのえて、様子をうかがったのち、形勢を見きわめて優勢なほうに味方できるように待機しているずるい態度をいいます。しかしこの話の中心人物である筒井順慶は必ずしもそうではなかったとの事であります。

そして史実の方は定かではありませんが、このお話しの筋書きとしましては、天正10年に本能寺の変で織田信長が光秀によって討たれたことを知った秀吉は、備中高松城からいわゆる中国大返しの離れワザで兵を返して光秀と山崎で戦った。この時光秀と秀吉の双方から加勢を依頼された大和の大名筒井順慶は、一度は光秀側に従って洞が峠まで兵を進めながらも、最終的にはどちらに付くか日和見をしたとの伝説があったことから、日和見する事を洞が峠、または洞が峠をきめこむと言われるようになりました。
秀吉の素早い進軍を聞くと、順慶は光秀から兵を返して、光秀に味方するのか秀吉にするのかの態度を曖昧にして、洞が峠でじっと形勢をを眺めていたとされ、そして光秀の敗色の濃いのを見てから秀吉に味方して光秀を攻めて大功をえたとのことである。
しかし、この伝説は史実に反しており、筒井順慶は最終的には洞ヶ峠に着くことなく大和へと撤兵して中立を保ったと言われている。

日頃の社会でも事の大小はあるにしても似た出来事は常にあります。時にはどちらにもつかなかった為に、最後は当事者の二者が結託して、此方を攻め立ててくるという最悪の結末もあります。
それにしても、洞が峠で
日和見をして、どちらにも付くことなく中立を保つが良しとする消極人生を選びたいのは年のせいやろか。


 第329話 馬を買わずに鞍を買う

平成26年1月15


この語の意味としましては、
物事の順序や段取りが逆さまであることの例えとされています。だから素直にその通りに受け入れていたらいいのですが、万事がその様に運ばれているかと考えてみますと、必ずしもそうではありません。なるほどこの諺が誕生したころでは、先に馬を買うのが正当な考えであったと思われます。

しかし、今回のお題では物事の後先を指した諺でありますが、少し視点を変えてみれば、もともと馬を買う気がないのに鞍だけを買うという人を指して言っている諺だとすれば面白い展開になるのではないでしょうか。


馬と鞍を分解したようなお話しになりますが、私の
古い友人にバスケットボールの選手がいました。ウエストサイド物語の映画では主役とそのグループがバスケットシューズを履いて激しく踊る様は本当に格好が良かったのです。そして大阪の街でもバッシューと言われた、その靴で闊歩する若者が溢れていました。
その姿を見て友人は、神聖な領域に土足で入り込まれたような憤りを感じてか、バスケットボールもしない輩がバスケットシューズを履くのは許せないと怒っていたのを思い出します。友人はバスケットボールを心底愛していたのだと今でも思います。
バスケットボールというスポーツをやらない人が、バスケットシューズを履くに似た、いわゆるファッショナブルな有様は、今では万事がそうであって、もはや型に嵌る事の方が肩身が狭いのではとさえ思うくらいである。

鞍を買って、シェイブアップの道具とする。鞍を買って、インテリアとして飾る。少々こじつけた話の感もありますが、
現在の世では、馬を買わずに鞍を買うのも、これもまたありかもしれませんね。


 第328話 午の刻

平成26年1月1


---------新年 あけまして おめでとうございます-----------
-----本年も、「小話コーナー」をよろしくお願いいたします------

午の刻には、午前から午後に変わる時があります。その瞬間を正午と申しまして、いわゆる昼の12時のことであり、太陽が子午線を通過する時刻のことであります。そして午後から午前に変わる瞬間は正子と申し夜中の午前零時のことで、一日の起点とれていまして、太陽が地平線下において子午線を通過する時刻とされています。

また、子午線と言いますとイギリスのグリニッジ天文台を通る線とか、我が国では明石を通る線をすぐに連想しますが、
子午線とはある地点から真北の方角が「子」、真南の方角が「午」となり、真北と真南を結んだ線の意味になります。つまり地球上の任意の地点を通る南北線ということになり、地球上に無数にあることになります。ということで我が国に於きましては時刻は無数にある子午線の中から、明石を通る子午線をもって標準時刻にされています。

さらには、イギリスのグリニッジ天文台を通る子午線が経度を測るときの基準とされ、これを本初子午線となり、時刻も、本初子午線上の時刻を世界の標準時として決められています。そして、各地の時間については、基本的に本初子午線から東西に15度離れるごとに、世界時に1時間の時差を加減して定めていきます。東に向かう場合は15度ごとに1時間ずつ加えていき、西に向かう場合は15度ごとに1時間ずつ減らしていきます。  日本では1886(明治19)年に、世界時に9時間加えた時刻となる東経135度で明石を通る子午線上の時刻を我が国の標準時として定めました。

さて、お話しの本題としましては、子午線の「午」についてでありますが、これが本年の干支を示す「午(うま)」であります。
「午」は干支からきていて、中国の殷(いん)の時代、人々は木星を尊い星とし、その動きを詳しく観察しました。その結果、木星は空を12年で一周することがわかり、その位置を示すため空を12の部分にわけました。
そこに名前をつけたのが十二支(じゅうにし)のはじまりといわれています。 この十二支の「子=鼠」「丑=牛」「寅=虎」「卯=兎」「辰=龍」「巳=蛇」「午=馬」「未=羊」「申=猿」 「酉=鶏」「戌=犬」「亥=猪」とされまして、これを後に例えば「午=馬」のように、午から実在動物の馬のように字が当てられて来たと考えられます。ちなみに「馬」は象形文字で、馬のたてがみと足を示しています。

こうしてみましても午は、子とともに干支の十二支の中でも、基幹に配置されていて、最も重責を担う位置にあります。まして午前、午後として人が活動する大事な区切りを支配してきたことを思うと、暦、方位、子午線と重く用いられて来た事がうかがえます。

日々にあって「午の刻」を単なる昼休みではなく、午前を振り返り、その事を午後に活かせる為に意義のある時間となるようにして参りたいと思っています。


 
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